被災したイオンモール熊本 「寿屋破綻」がきっかけで誕生

被災前の「イオンモール熊本」

 イオンモール熊本(以下、イオン熊本)は、熊本県嘉島町に位置する九州屈指の大型ショッピングモールだ。7月28日に発生した熊本地震に伴う建物被災により全国的なニュースとなったことは記憶に新しい。この地におけるイオン熊本の進出には、かつて九州を席巻した小売業「寿屋」と関係が深い。
 現在イオン熊本が立地する敷地は、嘉島町のまちづくりにおいて「タウンセンター基本構想」と規定される地区の一角にあり、日商岩井(現:双日)が寿屋と共同でショッピングセンター(SC)を建設するとしたことに端を発する。そこで、寿屋は1991年12月に嘉島町と商業・レジャー大型施設「アクティス(仮称)」の進出協定に調印。95年には大規模SC「嘉島寿屋」の建設計画を発表し、2000年5月の着工、同年末の開業を目指すと発表していた。しかし、寿屋は高度経済成長期の拡大路線の反動で経営不振に陥り、90年に事実上の創業者であった寿崎肇が代表取締役会長に退き、さらに、西日本相互銀行(現・西日本シティ銀行)が経営権を掌握するなど混乱。その後、三井物産やサンリブ(北九州市)と連携を模索するが不調に終わった。2001年12月に寿屋が民事再生法の適用を申請して事実上の経営破綻に陥ったことで、同社は運営する店舗を休止、解散した。続いて、日商岩井も十分なテナントを集めることが困難であることを表明。これにより、計画されていた嘉島町への大型SC出店構想も一度白紙となった。
 その後、寿屋の経営破綻に伴い計画地であった土地をイオンが取得し、同町への大型商業施設の進出を事実上承継。当時、同社と三菱商事の共同出資会社であった「ダイヤモンドシティ」が開発を行い、05年に「ダイヤモンドシティ・クレア」として開業した。余談だが、初期の計画段階では地元の「鶴屋百貨店」をはじめ、福岡の百貨店などの誘致も視野に入れていたが、最終的には実現しなかったという。
 07年にダイヤモンドシティがイオンモールに吸収合併されたことに伴い、同年9月に「イオンモール熊本クレア」、11年11月には開業以来初の大規模リニューアル実施をきっかけに、現在の「イオンモール熊本」へ改称した。しかし、現在でも地域住民の間では「イオン」より「クレア(CLAIR)」と呼ばれることが多いといい、地元のランドマークとして存在感を発揮してきた。ちなみに、クレアは「CLEAN・CREATIVITY・AIR」を組み合わせた造語だ。
 イオン熊本は16年に熊本地震による甚大な被害を受けたが、18年には全面復興・増床リニューアルを果たすなど、地域の復興の象徴でもあった。イオン熊本の進出は、地域経済の枠組みを大きく変えた寿屋の経営破綻による遊休地を、イオングループが引き継いで大規模SCおよび地域の中核施設へと昇華させたという経緯を持っている。今回の地震による被災で再開が見通せないが、地域住民にとって必要不可欠な施設であり、早期復旧が求められる。