高市答弁を巡る中国側発言の法的問題

【寄稿】高橋孝治の中国法「表層深層」特別編

財九NEWS「中国深層(真相)拾い読み」および本誌連載「中国法表層深層」の執筆者である高橋孝治氏から、高市早苗首相の台湾をめぐる発言に関して特別寄稿をいただいた。
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 2015年11月7日の衆議院予算委員会で、いわゆる台湾有事について、日本が集団的自衛権を行使できる「存立危機事態」にあたる具体例を問われ、高市早苗・内閣総理大臣は、「戦艦を使って、武力の行使も伴うものであれば、これはどう考えても存立危機事態になりうるケースだと私は考える」と答弁しました。台湾有事が存立危機自体にあたる可能性を示しており、この発言を巡って日中関係が大きく揺れています。
 ここでは、この高市発言に対する中国側の発言の法的問題について整理してみましょう。少なくとも、中国政府の認識は、「カイロ宣言」や「ポツダム宣言」などを根拠に中国に返還され(あくまで、「カイロ宣言」などを根拠に台湾が中国に返還されたというのが中国政府の主張です)、台湾をどのように統一するかの方法を決めるのは中国の内政問題であり、日本がそれに介入できるものではなく、また2008年に共同で発表した「『戦略的互恵関係』の包括的推進に関する日中共同声明」にある「相互にパートナーであり、互いに脅威とならない」という合意にも反し、日中関係の政治的基盤が深刻に失われたとも指摘しています(注1)。
さらに、『解放軍報』2025年11月14日付4面掲載の「台湾問題で火遊びをしてはいけない、火遊びをすると必ず自らに火を点ける!(不要在台湾問題上玩火,玩火者必自焚!)」という記事では、「もし日本側が武力による台湾海峡情勢への介入を敢行すれば、それは侵略行為を構成し、中国側は必ずや断固として撃退する。我々は国連憲章と国際法が認める自衛権を断固として行使し、国家主権と領土保全を断固として守る」という中国・外交部報道官の林剣氏の発言を紹介しています。
 ところで、中国の軍隊である「人民解放軍」は、「国家の軍隊」ではなく「党の軍隊」であると日本ではよく指摘されます。これについては、中国では「社会主義体制を守るという政治的な立ち位置が大きく異なること」がその理由とされています(注2)。つまり、中国では憲法改正などを行っても、人民解放軍が存在するかぎり社会主義体制の放棄はできないという体制維持の表れが「党の軍隊」という位置づけということです。中国憲法上の機関である中央軍事委員会も全国の軍事力に対して指導を行っており(中国憲法第93条)、中国では人民解放軍は党軍であり、国軍でもあるという位置づけと言えます。特に1980年代以降の人民解放軍は、国防が主たる任務となり(注3)、領土の保全と国際秩序の維持(集団的自衛権の行使と思われる)を目的としています(中国国防法第67条)。
確かに、中国側の言葉は「もし日本側が武力による台湾海峡情勢への介入を敢行『すれば』」と述べており、逆に言えば、台湾海峡に日本が武力で介入しなければ「何もしない」と言っているとも捉えられます。そのため、「存立危機事態」には武力の行使もあり得るという日本国憲法上問題となり得る高市発言よりかは、中国側の発言の方が法の枠内にあったと言えます。

〈注〉
(1) 「絶不容忍高市早苗在台湾問題上的越線挑衅」『人民日報』2025年11月14日付3面。
(2)管建強=周健(主編)『軍事法基本理論研究』中国・法律出版社、2017年、248頁。
(3)薛剛凌=肖鳳城(主编)『軍事法学』(第2版)中国・法律出版社、2017年、53頁。

●高橋孝治(たかはし・こうじ)
アジアビジネス連携協議会・実践アジア社長塾講師/大明法律事務所顧問。中国・北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)。専門は中国法、台湾法。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。現在は、立教大学アジア地域研究所特任研究員、韓国・檀国大学校日本研究所海外研究諮問委員も務める。