【事例研究】どの会社に勤務しているか曖昧な労働者の未払い賃金
2026年02月20日
【寄稿】高橋孝治の中国「深層(真相)」拾い読み(第346回)
今回は、中国における裁判を見てみます。この連載で、中国の裁判結果はその事例のみに拘束力を持ち、類似する他の事例に法解釈の指針を示すことはないことは何度か紹介しています。しかし、今回取り上げる事例は「典型事例」に指定されており、中国で類似事例が発生した場合、典型的な判断を行った事例として参考にしなければなりません。そのため、この事例と同じ判断はある程度されやすいものと思われます。
【事例】
甲社は個人企業であり、その法定代表者および株主はいずれもAである。乙社の法定代表者はA、株主はA(持株比率60%)とB(持株比率40%)である。両社は関連企業であり、営業許可証に記載された事業範囲は重複している。乙社が求人広告を掲載し、Cが応募した後、2022年8月1日に入社し、2023年2月22日まで勤務した。勤務期間中、Cの職場には「甲社」の看板が掲げられており、日常業務の連絡に使用するメッセージアプリやSNSソフトにも「甲社」の文字が表示されていた。甲社と乙社ともにCと書面による労働契約を締結しておらず、社会保険料の納付や雇用・離職手続きも行われておらず、Cの給与はAの個人口座を通じて支払われていた。Aは、甲社と乙社が同一オフィスで業務を行い、業務内容が同一で人員が混在しているため、両社による混同雇用状態が成立すると主張し、会社に不満があるなら、いずれか一方を労働人事紛争仲裁委員会に仲裁を申請するべきであると述べた。これを受けてCは、乙社との労働契約関係の確認と未払い賃金の支払いを求めるべく、労働人事紛争仲裁委員会に仲裁を申請した。しかし、労働人事紛争仲裁委員会は、Cの請求を棄却し、Cはこれを不服として人民法院(裁判所)に提訴した。
【人民法院の判断】
人民法院は「甲社と乙社は関連企業であり、経営業務に重複があり、Aが両社の株主および法定代表者を兼任しているため、Cの実際の雇用主を特定することは困難」と判断しました。Cは乙社名義で採用されたものの、職場には「甲社」の看板が掲示され、業務連絡に使用する通信ソフトには「甲社」の名称が冠されていました。Cの業務内容には甲社の経営業務が含まれており、甲社が乙社のために労働を提供していると信じるに足る理由がありました。最終的に人民法院は、Cが甲社と労働契約関係があることおよび甲社が未払い賃金の支払いを行うべきであるとの判決を下しました。
この裁判結果のポイントは、どちらの会社に勤務しているのか曖昧であっても、一応形式的には乙社に採用されていたはずのCが、最終的に甲社と労働契約関係があり、甲社が未払い賃金を支払うべきとされたことでしょう。中国法は全体的に実態を重視する傾向があります。この公開されている裁判結果からは、Cが甲社とどれだけ密接な業務を行っていたのかは分かりませんが、雇用主からすると当初の予定とは異なる会社の勤務とされる場合があるという点が最大のポイントでしょう。
●高橋孝治(たかはし・こうじ)
アジアビジネス連携協議会・実践アジア社長塾講師/大明法律事務所顧問。中国・北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)。専門は中国法、台湾法。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。現在は、立教大学アジア地域研究所特任研究員、韓国・檀国大学校日本研究所海外研究諮問委員も務める。


