話題の「民族団結進歩促進法」を「中華民族の多元一体構造」論から見る
2026年06月26日
【寄稿】高橋孝治の中国「深層(真相)」拾い読み(第380回)
日本でも、中国の「民族団結進歩促進法」が2026年7月1日から施行されると大きく報道されています。この民族団結進歩促進法がなぜ問題になるのかと言えば、「中国当局が『民族の団結を損なう』と判断した行為は処罰できるとしており、少数民族への統制がさらに強まりそうだ。『民族の団結』を妨害した外国の組織や個人の法的責任を追及することも明記した」ためです(注1)。
それでは「民族団結進歩促進法」にはどのような論理が内在しているのか、ここで確認していきましょう。
民族団結進歩促進法前文第5段落や第17条には「中華民族は多元一体」という言葉が出てきます。これは恐らく、中国の著名な社会学である費孝通が主張した「中華民族の多元一体構造」を使った表現でしょう。「中華民族の多元一体構造」とは、「中華民族が内包する50余の各民族単位は多元であるが、中華民族としては一体的なものである」という捉え方で、「中華民族」とは、「現在の中国の国境内において民族としてのアイデンティティーをもつ11億の人民を指すもの」とされています(注2)。費孝通の研究は、費孝通が1951年に中国の西南地方を訪れた際に、民族問題に関心を持ったことが始まりで(注3)、後に反右派闘争やプロレタリア文化大革命などで研究が中断し、1980年代に研究が再開となり、「中華民族とは何か」という問題に挑んだとされています(注4)。
このように、「中華民族の多元一体構造」は、費孝通という学者から発された用語ではあるものの、1950年代から1980年代にその元となる研究が始まっており、政治性を帯びている面は否定できません。実際に、費孝通の研究は、北京で開催された国際学術討論会では高い評価が下されたとされているものの(注5)、その主張そのものに「政治性が見え隠れする」と指摘がなされていますし(注6)、「例えばモンゴル族の場合、中国国内のモンゴル族とモンゴル国国内のモンゴル族とでは、言語や文化、歴史などにおいて共通する部分が多いにもかかわらず、中国国内のモンゴル族が『中華民族』という範ちゅうに入ってしまうことなります。これはウイグル族や朝鮮族など他の民族にも言えることである」という批判もされています(注7)。
つまり、「中華民族の多元一体構造」は、中国国内にはさまざまな民族がいる多元的であることを認めつつも、それらは全て「中国人である」と一体的に取り扱うことで、事実上、全ての民族が中国政府の統治下にあることを容認し、その各民族が「中国から独立する」ことを認めないという政治的学術成果とも言えるのです。しかし、このような問題がある学説が中国の民族研究の基礎理論を成しているのも事実です。これについては、費孝通の主張を批判することにより政治的問題に巻き込まれることを避けたい学者が多く、「中華民族の多元一体構造」論に対する批判があまりなされてこなかったこと、また中国における社会学研究の重鎮である費孝通に対する批判が正面からは行いづらかったという面があると指摘されています(注8)。
いずれにしても、「中華民族の多元一体」構造論は、中国国内の各民族も、中国人として「一体である」ことを認める論であるため、この学説を下敷きにした法律であれば、当然に「民族団結進歩促進法における民族の団結」とは「民族の独立を許さない」という論と結びつき、少数民族の統制強化へとつながるものになることになります。
なお、民族団結進歩促進法は、中国当局の説明によれば、「中国式現代化、各民族共同繁栄や発展という現実の需要のために必要」とされています(注9)。確かに、中国の少数民族は開発が後回しにされた地域に居住していることが多く(注10)、少数民族に対しても開発の結果による発展を平等に享受させようとしたら、民族団結進歩促進法のような法律は必要でしょう。しかし、中国の少数民族は、中国政府による開発や発展を求めているのかという点は一律には語れないし、開発や発展よりも民族のアイデンティティーを重要視する者からは「少数民族に対する統制強化」にも見える法律だと言えます。
〈注〉
(1)「中国少数民族統制強化」『読売新聞』2026年3月7日付1面。
(2) 費孝通(編著)、西澤治彦[ほか](訳)『中華民族の多元一体構造』風響社、2008年、13頁。
(3) 費孝通・前掲注(2)337頁。
(4) 費孝通・前掲注(2)338~339頁。
(5) 費孝通・前掲注(2)340頁。
(6) 費孝通・前掲注(2)341頁。
(7) 費孝通・前掲注(2)340頁。
(8) 費孝通・前掲注(2)341頁。
(9)「関于《中華人民共和国民族団結進歩促進法(草案)》的説明」『中華人民共和国全国人民代表大会常務委員会広報』(2026年2号(総号381号))全国人大常委会弁公庁、2026年、245頁。
(10) 西村幸次郎(編著)『中国少数民族の自治と慣習法』成文堂、2007年、4頁。
●高橋孝治(たかはし・こうじ)
アジアビジネス連携協議会・実践アジア社長塾講師/大明法律事務所顧問。中国・北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)。専門は中国法、台湾法。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。現在は、立教大学アジア地域研究所特任研究員、韓国・檀国大学校日本研究所海外研究諮問委員も務める。


