中国人の旅行規制の再検証
2026年08月21日
【寄稿】高橋孝治の中国「深層(真相)」拾い読み(第395回)
『朝日新聞』2026年8月8日付1面に「中国人訪日客の減少 背景は」という記事が掲載されました。この記事によれば、中国人の訪日観光客は減少しており、「元高官は自粛の見通しが話題になると『中国公民出国旅游管理弁法』という法律を挙げ、『中国にはこんな法律もある』とだけ話して口をつぐんだという。この関係者はその瞬間、大きな無力感に襲われた。広く知られているとは言えとはいえない法律への言及は、中国政府が国民の海外旅行先を事実上コントロールできることを示唆していたためだ」「この法律は中国人が観光で行ける国や地域を限定し、出国者を調整する仕組みを定めている。1990年ごろに国境を越えるヒト・モノ・カネの管理を目的に整備された制度で、海外渡航の自由が保障された民主主義国にない統制システムだ」とのことです。
それでは「中国公民出国旅游管理弁法」とはどのような「法律」ものなのでしょうか。この記事にはいろいろと事実誤認があるようです。まず、「中国公民出国旅游管理弁法」は中国の「法律」ではなく、中国の国務院(日本の「内閣」に相当)が発布している「行政令法規」です。「中国公民出国旅游管理弁法」は、2002年5月27日に国務院令第354号として発布され、同年7月1日に施行されました。「中国公民出国旅游管理弁法」より前には「中国公民自費出国旅游管理暫行弁法」がありました(1997年7月1日発布・施行。「中国公民出国旅游管理弁法」施行と同時に廃止)。もうこの段階で「1990年ごろに国境を越えるヒト・モノ・カネの管理を目的に整備された制度」ではなく、旧法ですら1997年に制定された制度ということが分かります。
さらに「中国公民出国旅游管理弁法」第2条第2項には「中国公民は、国務院旅游行政部門が発公布した海外旅行先以外の国へ旅行させることは許されない」という規定があり、中国人の旅行先は政府が統制できることになっています。しかし、旧法である「中国公民自費出国旅游管理暫行弁法」第4条は「国家旅游局は、総量規制の原則に基づき、旅行業者が受け入れるインバウンド観光客数の一定割合を基準として、海外旅行を手配できる観光客数を決定する」と、行先ではなく、中国人海外旅行者の総量を決定できるにとどまっていました。
もっとも中国憲法は、日本の憲法とは異なり、憲法に規定のない権利はその一切が認められないという、「人権が憲法によって与えられる」という前提をとっています。中国憲法第35条には「旅行の自由」について規定されていますが、中国の「集会・旅遊行・デモ示威法(集会游行示威法)」(1989年10月31日主席令第20号公布、同月31日施行)第4条では、旅行は憲法や法律で定めた範囲内で行えるということになっています。中国憲法は、中国共産党の指導を絶対のものとするため(中国憲法前文第7段落)、党が旅行制限をすればこれは可能ということになります。その意味では、「1990年ごろに国境を越えるヒト・モノ・カネの管理を目的に整備された制度」とする説明は、このような中国人の旅行規制は1989年以降に事実上作られ、それが「政令」という活字になったのが1997年であったということも考えられます。
いずれにしても、中国は日本とはその規制や憲法の取扱い方が大きく異なるということです。
●高橋孝治(たかはし・こうじ)
アジアビジネス連携協議会・実践アジア社長塾講師/大明法律事務所顧問。中国・北京にある中国政法大学博士課程修了(法学博士)。専門は中国法、台湾法。法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)、国会議員政策担当秘書有資格者。現在は、立教大学アジア地域研究所特任研究員、韓国・檀国大学校日本研究所海外研究諮問委員も務める。


