Spotlight 戦略産業クラスター【造船】国策で動き始めた九州の造船再生/官民3000億円投資で次世代船舶の集積が加速
2026年10月20日
政府は九州の「次世代船舶」を戦略産業クラスターに選定し、2034年度までに官民で3000億円を投じる。名村造船所の伊万里事業所(や大島造船所などで大型投資が動き、国産LNG(液化天然ガス)運搬船の建造再開も視野に入る。政府の造船能力倍増を追い風に、九州で次世代船舶の生産基盤を再構築する動きが本格化している。
建造能力倍増へ国の大型投資 「戦略産業クラスター」に選定
中国、韓国勢に押され、世界市場で存在感を低下させてきた国内造船業が反転攻勢に動き出した。政府は造船を重点投資する「戦略17分野」の一つに位置付け、2035年に国内建造量を24年比で倍増させる目標を掲げる。造船業再生基金を10年間で3500億円規模とし、民間投資と合わせて全国で官民1兆円の投資を目指す。
一方、「戦略産業クラスター」に選定された九州では、34年度までに官民で約3000億円の設備投資を目標に掲げる。7月末に選定された「半導体」「洋上風力」に続き、「次世代船舶」が3事業目となる。佐賀、長崎、熊本、大分、福岡の5県17市町を対象に、設備の大型化や生産工程の自動化・省力化などを進め、建造能力を50%、生産性を25%高める。付加価値増加額は約2兆1000億円を目標とする。
政府による全国規模の設備投資支援も一気に具体化した。国土交通省は9月4日、造船業再生基金による初の支援対象として今治造船など3件を認定し、26~34年度に最大約2131億円を助成。11日には川崎重工業や三菱造船、大島造船所など5件を追加認定し、最大約980億円を支援する。2回の認定額は計約3111億円に上る。
九州は国内新造船建造量の約3割を占める。北部九州を中心にJMU、大島造船所、名村造船所、三菱重工業など大手の拠点が集積し、計画でも「国の造船業の再生を支える重要地域」と位置付けられた。造船所だけでなく、舶用機器や鋼材などの関連産業も裾野を形成しており、大型投資を地域の産業基盤強化へ波及させられるかも焦点となる。
中でも中核となる投資案件が名村造船所の伊万里事業所だ。1975年の操業開始以来、大型商船の建造拠点として発展し、現在は長さ450メートル、幅70メートルの大型ドックでケープサイズ・バルカーや大型LPG・アンモニア運搬船など年間7~9隻程度を建造する。クラスター計画では政府支援を活用して約1000億円を投じ、生産効率を約2倍に高める。
名村造船所と子会社の函館どつくは造船業再生基金の支援対象にも認定され、両社の設備投資に最大約499億円が助成される。名村造船所はゴライアスクレーンや先進的な内業工場棟の新増設などを計画。さらに伊万里湾では新たな大型ドック構想も浮上しており、実現すれば既存ドックとの役割分担によって建造量を拡大するとともに、LNG船を含む高付加価値船への対応力を高めることになる。
LNG船復活も課題が山積 長崎も次世代船へ積極投資
こうした能力増強と並行して動き出したのが、2019年を最後に途絶えた国産LNG(液化天然ガス)運搬船の建造再開だ。かつて日本はLNG船で世界市場の半数以上を占めたが、00年代以降は韓国、中国勢が台頭。国内造船所の受注は16年以降途絶え、現在は韓国勢が世界市場で圧倒的なシェアを握る。
政府は経済安全保障の観点からLNG船を国内で安定供給できる体制を再構築し、35年以降に年間3~5隻を建造する目標を掲げる。今治造船、川崎重工業、名村造船所が協業を検討しており、8月には国交省が船主、荷主、造船会社を集めた官民懇談会を開催。27年度概算要求でも複数省庁がLNG船の国内供給に向けた施策を盛り込むなど、造船振興の枠を超えた国家のプロジェクトとして具体化してきた。
ただ、LNG船は工数が多く、現在主流の「メンブレン型」は国内での建造経験も限られる。既存設備だけでLNG船を建造すれば、バルカーなど他船種の生産を圧迫する可能性もある。建造量倍増とLNG船復活を両立するには、設備増強とともに造船所間の役割分担が欠かせない。
さらに設備と技術を整えるだけでは十分ではない。年間何十隻ものLNG船を建造する中韓勢に対し、日本の目標は年3~5隻。建造再開当初はコスト高も避けにくく、国産船を購入する船主への支援や継続的な発注を確保する仕組みまで構築できるかが問われる。
一方、かつてLNG船を含む大型商船の建造をけん引した長崎では、造船産業の役割が変わりつつある。三菱重工業長崎造船所は事業再構築によって大型商船の新造から実質的に撤退し、現在は防衛艦艇や船舶修繕、脱炭素技術の研究・実証などに軸足を移している。
地元では三菱重工と長崎との関係の変化を指摘する声もある。複数の地元経済人は「長崎では大型商船の建造機能が以前とは大きく変わった。この国策を長崎の新たな投資や雇用にどう結び付けるかが重要」と指摘する。
ただ、長崎から大型商船建造の動きが消えたわけではない。大島造船所は造船業再生基金の支援対象に認定され、最大約61億円の助成を受ける。一方、脱炭素化に向けてアンモニア・LNG燃料タンクの生産能力増強なども進め、2030年までにゼロエミッション船の建造能力を2・5倍に引き上げる方針だ。
大型商船とLNG船を視野に建造能力を拡張する伊万里と、大島造船所の次世代船、三菱重工の防衛・修繕など新たな役割を模索する長崎。官民約3000億円の投資を設備増強だけに終わらせず、人材や関連産業を含む裾野の広い集積につなげられるか。国策として造船再生が動き出すなか、伊万里と長崎の変化は、西九州の造船地図を塗り替える可能性を秘めている。
(鳥海和史)