Spotlight ものづくり【北九州市】拠点活用しフィジカルAI先進地へ/「フィジカルAI共生都市」宣言で都市戦略の軸に据える
2026年07月20日
「フィジカルAI」への注目が高まっている。デジタル空間で情報処理を担う生成AI(人工知能)に対し、フィジカルAIは、センサーやカメラから得た情報をもとにAIがロボットなどを自律的に動かす。安川電機(北九州市)は、第5工場にAIロボを大量導入し”止まらない工場”を本格稼働させる一方、北九州市はフィジカルAIの活用で社会課題解決を目指す。
重点戦略として巨額の投資 AIロボット市場は40兆円
デジタル世界で「言葉だけのAI」といえる生成AIに対し、フィジカルAIはロボットや自動運転などを通じて、現実世界の物理的な行動や作業をAIで自律的・自動的に行う仕組みを指す。特に、フィジカルAIの実装先として有望視されているのがロボットである。従来のロボットは、定型の作業を繰り返すことを得意としているが、フィジカルAIは「非定型」な環境で自律的にタスクを判断し動くことができるため、これまでロボットの導入が十分に進んでこなかった多様な現場への社会実装が期待されている。こうしたAIロボット市場は2040年には約60兆円に拡大するとみられており、日本は、このうち20兆円のシェア獲得を目指している。
政府も今年3月にフィジカルAIを中心とした国家戦略「AIロボティクス戦略」を策定、国家の重点課題として掲げる「戦略17分野」のAI・半導体分野にも位置付けられている。高市政権は、フィジカルAIに40年までに官民合わせて10兆5000億円を投資、30年度までに総額1兆5000億円規模の予算を先行して投じる。現状では、日本はロボット分野のうち、産業用ロボット市場(約8000億円)で世界シェアの約7割を有し、モーター、減速機などの主要コンポーネントでも高い競争力を持つ。一方で、サービスロボット市場(約2兆8000億円)での世界シェアは1割強にとどまっている。
政府としては、AIロボティクス産業を成長させることで、製造業、物流、建設などの現場作業を自動化・無人化し、現在の構造的な人手不足の解消につなげるとともに、日本の得意な「産業用ロボット」などの製造技術や、現場データを最大限に活用し、他国に依存しない国産のAIロボットおよび重要コンポーネントの製造能力を強化、経済安全保障を確保する。また、米中が先行する開発競争を踏まえ、ヒューマノイドロボットを含むフィジカルAIを日本の「巻き返しのチャンス」と位置づける。
安川電は1200億円投資 市はフィジAI戦略を策定
そんなフィジカルAIを「大きな成長の軸」として捉えて大胆な投資計画を発表したのが、モーターや産業用ロボットなどで知られる安川電機。中期経営計画では、コア事業の収益力向上とともにフィジカルAI市場の開拓を柱として掲げた。今後、4年間で計2500億円を投資するが、中核となるのはフィジカルAIの成長に向けた戦略投資として、1200億円を充てる。同社は産業用ロボット大手のなかで、早くからフィジカルAIに取り組んできた。23年には米国のエヌビディアと組んで画像処理半導体(GPU)を搭載したAIロボット「モートマン・ネクスト」を発売した。ソフトバンクや富士通なども安川電機とのフィジカルAIに関する協業を進めている。
安川電機は今でこそ産業用ロボットのメーカーとして有名だが、祖業は「電動機(モータ)とその応用」を事業領域としてきた。つまり電気エネルギーを回転する力に変えるものがモーターであり、その応用で開発されたのが産業用ロボットだ。フィジカルAIを活用して、現場の作業を動かすのはロボットであり、「アクチュエーター」としての技術力などが求められている。例えばソフトバンクとは、オフィスビルなどで働くサービスロボットとして、フィジカルAIを搭載したロボットを開発・実証しており、ソフトバンクのデータ・通信分野と連動して、現場ロボットを動かす技術開発に取り組んでいる。
そうしたフィジカルAI戦略を体現する拠点として今年6月から本格的に稼働しているのが第5工場。ここでは、モートマン・ネクストを初めて導入するなどして生産効率を向上、1人当たりの生産台数は2倍以上で、生産時間も約半分に短縮された。例えば、ネジ締めなどの作業。従来の産業用ロボットでは失敗した時点で生産ラインがストップして、人が点検・調整しなければならなかったが、AIロボットでは、ネジを落としたり、ネジとボルトの位置が合わなかったりした場合も、カメラやセンサーで自律的に状況を判断して、作業を最初からやり直すことができる。まさに「AIロボの導入で止まらない工場」が具現化した形だ。
今後、工場系では、モートマンネクストによる食品、飲料、農業、医療、物流、建築、半導体など幅広い分野での活用を想定しており、前出の実証のように、オフィスやビル、病院などへはAI搭載のヒューマノイドロボットを展開していく。
時期を同じくして安川電機の本社がある北九州市は今年5月、フィジカルAIの先進地を目指す「フィジカルAI共生都市」宣言を行った。武内和久北九州市長は「フィジカルAIの社会実装を通じて日本の産業競争力強化や市民生活の質の向上を実現し、産官学連携で世界に誇るフィジカルAI共生都市を目指したい」と意気込む。製造や物流、介護などの分野で顕在化する地域課題に産学官が連携して取り組む。工場や農地、北九州学術研究都市などを実証フィールドに提供するほか、補助制度も創設するという。
また、今夏までに「北九州市フィジカルAI産業振興戦略」を策定する予定で、その一環として6月には「第1回北九州市フィジカルAI産業振興戦略検討会議」を開催。委員には九州工業大の安永卓生学長らが名前を連ね、安川電機から技術開発本部長が加わっている。
今回の市の動きは、安川電機と歩調を合わせたものではないものの「武内市長の時流を捉える感覚はさすが」(地元経済人)との声も漏れるほど、ベストタイミングとなった。4月にはフィジカルAI半導体の鍵になる技術を持つ台湾の半導体設計会社「先晶方科技」が研究開発拠点を学研都市内に開設するなど、一気にフィジカルAI集積の流れが強まっており、世界をリードする拠点形成に向けてまずは上々の滑り出しといえそうだ。
(鳥海和史)