【継営者】ジェイリース 社長 中島 土氏「会社とは“自己実現の舞台”である」

 事業承継とは単なる立場の移譲の話ではない。先代が築いた歴史や文化、社員の思い、家族との絆、そのすべてを引き受けながら「何を守り、何を変え、どう未来へつなぐか」を問い続ける営みだ。本誌の新連載「継営者」は、親族内承継を果たした経営者たちの覚悟と葛藤、そして“経営観”に迫る企画。聞き手は自身も承継の当事者である本誌社長・山口亮太郎が務める。第1回は、保証関連事業大手のジェイリース(大分市)中島土社長との対談をお届けする。

Interviewer 財界九州社 社長 山口 亮太郎
なかしま・つち/1982年1月生まれ。中央大経済学部を卒業し、2011年ジェイリースに転じ、23年6月から現職。22年には日本青年会議所第71代会頭を務めた

「人生をかけて親孝行がしたい」

 山口 中島社長は、そもそも、会社を継ぐという決断は、いつ頃から意識されていたんですか。
 中島 正直、かなり幼い頃からその意識は強く持っていました。祖父がもともと土木業を営んでいたこともあり、子どもの頃は時々会社に遊びに行っていたのですが、当時の社員の皆さんの表情がとても生き生きとしていたのを鮮明に覚えています。そこで働く祖父や父が、社員の皆さんから心から尊敬されていることが、子どもながらに伝わってきました。ですので社長になりたいというよりも、むしろ“こういう存在になりたい”という思いの方が強かったです。
 山口 なるほど。社長という立場そのものへの憧れというよりも、お祖父さまやお父さまが、周囲の人から自然と信頼や尊敬を集める、そうした人としての在り方自体にひかれていったと。
 中島 おっしゃる通りです。私は祖父に「お前は幸せになるために生まれてきたんだ」と繰り返し言われて育ちました。また、祖母をはじめ父にも母にも、本当に深い愛情を持って育ててもらいました。そうした環境の中で育つうちに、私の生き方を方向づける価値観として「人生かけて親孝行をしたい」その思いが自分の中で何よりも大きなものだと気づきました。
 山口 つまり、家業だから継ぐというよりも、親孝行の思いが根底にあったということですね。
 中島 そうなんです。父が人生をかけてつくってきたこの会社を、自分にできる範囲で全力で支えていくことが、自分なりの親孝行の答えでした。もちろん、上場企業なので最も価値を高められる人が社長になることが大前提です。ただ、承継を決めた自分の根っこの動機としては、すごくパーソナルなところにあるのだと思います。

「社員の最大の“応援団長”になる」

 山口 そこから、約3年前に社長に就任されてから、さまざまな局面があったのではないかと思います。特に、先代が圧倒的な存在であればあるほど、その時々の判断の中で葛藤を感じる場面もあったのではないでしょうか。
 中島 正直最初は、父のやり方をそのまままねしていくべきなのかとも思いました。ただ、カリスマである父のマネジメントを再現しようとしても、どこか私の中で無理が生じてしまいました。そこで途中から腹を決めて、父を模倣するのではなく、自分“らしさ”を大事にしたマネジメントを自問自答し、そこから出した結論が私はこの会社の理念やビジョンを一番応援する存在でありたい。言い換えれば、社員の最大の“応援団長”になろうと決意しました。
 山口 応援団長ですか、中島社長“らしさ”がもろに表れていますね。
 中島 ありがとうございます。世の中にはさまざまなリーダー像がありますが、それをそのまま自分に当てはめても長続きはしないと思います。私は性分として、社員の皆さんの成長や喜びを支える立場で経営に向き合うことを選びました。山口社長も、ご自身なりのリーダー像を築く過程で葛藤を感じることはあったのでは。
 山口 そうですね、私が思うに承継において最も難しいのは、過去がつくってきた価値と、今の時代が求める価値との間で、どこに最適な調和を見いだすかという点だと思います。ただ、言えるのは、先人が築いてきたものを否定して、自分の色を出すことばかりを優先するのは絶対に違うと思っていて、今ここに会社があるのは、先人たちの努力の積み重ねがある、その事実を受け止めたうえで、過去を壊すことでも、ただ守ることでもなく、その価値を次の時代の形に昇華していくことなのではないかと考えます。
 中島 実は私たち中島家では、「家族仲良く」という価値観を究極的なよりどころとしています。どんなに意見の違いがあっても、最後は必ずそこに立ち返ることを約束事にしています。そうしておくと、不思議と目の前の意見の違いに振り回されず、本来向き合うべきものも見失わずにいられるんですよね。
 山口 家族の中で立ち返る場所をあらかじめ決めているのはすてきですね。ちなみにですが、最近私は、社内で「エンパシー」という言葉をよく使っています。シンパシーではなくエンパシー。つまり、同じ考えでなかったとしても、その人の背景や価値観を理解しようとする共感力のことです。親子であれ社員同士であれ、価値観の異なる人たちが協働していくには、まず相手の話に耳を傾け、受け止めようとするこの姿勢が何よりも大事だと考えます。
 中島 後継者はどうしても責任がある分「決めなければ」「前に進めなければ」という意識が強くなるものだと思います。ただ、実際にそのアウトプットを形にしていくのは、周りの人たちです。だとすれば、彼らが持っている思いや考えをしっかり受け止めるインプットがなければ、組織は前に進まない。むしろ、そこが伴ってこそ初めて、経営者の言葉が組織の力になっていくのではないかと感じています。
 山口 今のお話を伺っていると、承継というのは単に役職や権限を引き継ぐことではなくて、人と人との関係性をもう一度つくり直していくものなんだとも感じます。そのうえで伺いたいのですが、中島社長は、そもそも「会社」という存在をどう捉えていますか。
 中島 私は常々、会社とは「自己実現の舞台」であると社員の皆さんには伝えています。社員一人一人が、なぜ働くのか、何のために働くのか、どんな人生を送りたいのか、弊社ではどんな場面においても物事を「How」ではなく「Why」から考えることを大切にしています。
 山口 自己実現の舞台。非常に本質的ですね。
 中島 会社のために働く、という関係だけではなく、自分の人生の目的と会社の目的をどれだけ重ねられるか。そこに私は強いこだわりを持っています。だからこそ社員の皆さんにも「自己実現のためにこの会社という舞台をどう使い倒すのか」を常に問いかけています。もしかすると弊社は、単に働くという感覚のままだと、少し苦しく感じる会社かもしれません。ただ、自分の目的をはっきり持っている人にとっては、それを実現するための非常に力強い舞台になると思っています。
 山口 おっしゃるように、役割として仕事をこなすだけではなく、自分の人生の目的と重なったときに、人は初めて主体的に動き始めるのだと思います。そうした人が増えていく組織は、自然とエネルギーが生まれ、前に進む力を持つのだろうと。

「リーダーの“器”以上に会社は成長しない」

 中島 自分の人生をこの会社の中で切り拓(ひら)いていく。そう考えるようになると「これくらいでいいだろう」という発想は自然となくなっていきます。自ら目標を定め、自分自身を前に進めていく。そうした状態を生み出す場こそが会社であり、経営なのではないでしょうか。
 山口 そうした流れを踏まえ、組織を前に進めていく中で、中島社長が考えるリーダーシップとはどのようなものなのでしょうか。
 中島 おそらく会社というのは、リーダーの“器”の範囲を超えて大きく成長していくことは難しいと思います。だからこそリーダーは器を大きく持つことが何よりも大切であり、誰かを無理に変えるのではなく、機会や考え方を届けることで、自ら意識変革、行動変容を起こしていけるようなきっかけを与えることがリーダーシップの本質であると考えます。逆に山口社長はいかがですか。
 山口 そうですね。リーダーシップの在り方は時代とともに変わるものだとも思っています。かつては「背中を見せて、俺についてこい」というスタイルが通用した時代もありましたが、私にはそのやり方はできません。だからこそ私は、背中で引っ張るのではなく、先頭に立ちながらも後ろを振り返り、目線を合わせて胸を貸す。そうしたリーダーシップを心掛けています。

「目線は上下ではなく前後に合わせる」

 中島 今の時代は、自分が先頭を走って「ついてこい」と言った時に、何人が本当にその背中だけを見てついてくるかというと、非常に難しい部分があるかと思います。今日のお話を伺っていて改めて感じたのですが、目線を合わせるというのは、実は上下じゃなく前後ではないかと。過去にちゃんと目線を合わせる。今の目の前の相手にも目線を合わせる。その上で、一緒に未来を見る。承継って、その繰り返しなんじゃないでしょうか。
 山口 目線は上下ではなく前後で合わせる。その感覚がすごくしっくりきますね。「財界九州」が今日の認知を得られているのも、ここ数年ではなく68年という歴史の積み重ねがあったからこそです。先人への感謝と敬意を土台に、自分の代で何を上積みできるかを問い続けることが、承継者の責任だと思っています。だからこそ、未来を信じて同じ船に乗ってくれる社員には、単なる職場ではなく、安心して力を発揮できる「居場所」をつくっていきたいと思います。
 中島 「継ぐ」というのは、単に肩書きが変わるという話ではなく、先人から託されたものの重みを理解しながら、受容と傾聴の姿勢を土台に、人と人との関係をもう一度つなぎ直していくことなのかもしれません。
 山口 今日のお話を通じて、承継とは経営の話であると同時に、極めて人間的な営みなんだということを改めて強く感じました。ありがとうございました。