九州の志士「近代日本の外交を担った『内田康哉』」
2026年02月20日
内田康哉(こうさい/やすや)は、1911(明治44)年に西園寺内閣で外相として初入閣した。明治から昭和にかけて5内閣で外相を務め、在職期間は内閣制度発足後最長の通算7年5カ月におよんだ。「焦土外交」といわれる外交姿勢は、自国の立場を守ろうとする考え方に基づいたものだった。
高い志を抱いた青年期
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