動かすDX〈デジタルトランスフォーメーション〉(39) 熟練技×スマート化で生産効率化/職人の動きなどを数値化することで技術の継承を手助け

 無添加石けんの製造・販売を始めて、昨年で50年の節目を迎えたシャボン玉石けん(北九州市)は、九電グループのQsol(福岡市)と協力し、2023年から工場のスマート化に向けた共同研究を行っている。例えば、同社の石けん作りは舌で素材の反応を確かめるなど熟練の職人技が要求される昔ながらの製法だが、こうした職人技をデジタル技術によるサポートを模索している。

温度や湿度によって変化 毎日味見などで品質確認

釜炊き職人は石けんを味見するなどして調整している

 製造業では競争力強化のための生産性や製品品質の向上、熟練者の技術継承、老朽設備の安定稼働など多くの課題が存在している。また、工場では危険な作業も多く、熱中症や労働災害などのさまざまなリスクがあり、作業員の安全管理は喫緊の課題となっている。そうした課題をデジタル技術で解決する「スマート工場」化に挑戦しているのが、無添加石けんで知られるシャボン玉石けんである。
 一般的に石けんは、天然油脂(もしくは天然油脂が由来の脂肪酸)を原料に、「ケン化法」もしくは「中和法」という製法で作られている。天然油脂などの原料を苛性ソーダ・苛性カリと反応させることで、石けんが出来上がる。一般的に中和法は、脂肪酸と苛性ソーダ(液体は苛性カリ)を反応させる方法で、4~5時間で石けんを作ることができ、大量生産に向いている製法だ。対して、シャボン玉石けんは、天然油脂にある保湿成分が石けんに残る「ケン化法」にこだわって石けんを製造しており、自然な保湿成分を含む肌にやさしい石けんを作る。中和法と違い、完成までに約1週間と大幅に時間がかかる製法。
 こうして製造される同社の無添加石けんは、ケン化釜で加熱・熟成して作られるが、目で見るだけでなく、音やにおい、味や手ざわりを確認しながら五感をフルに働かせて、石けんの微妙な変化を調整していくことが必要となる。湿度や温度によっても仕上がりが変わるため、毎日、指先で粘り気を確かめ、口で味見している。一定の品質を守るためには熟練の経験が必要で、その製造には、熟練技術者の五感に頼る部分が大きいともいえる。
 シャボン玉石けんの森田隼人社長は「我々の業界では“釜炊き10年”という言葉があり、10年で一人前になれるという認識が一般的だ。マニュアル化が難しく、実際に経験しながら覚えていくのが基本で、ニュアンスや雰囲気などを含めて、長い時間をかけて技術継承に努めてきた」と話し、現時点では人手不足や技術継承で、製造に支障をきたしていることはないが、「将来を考えたとき、技術伝承だけでは心もとない部分もある。そのためデジタル技術と職人技を掛け合わせて、今後も安定して高品質な商品を作り続けていく必要性を感じた」と打ち明ける。
 そこで同社は独自の取り組みとしてデジタル技術を導入。石けんを作るケン化釜にセンサーを装着、釜のなかの状態のデータを収集することができるようになった。また、そのデータをパラメーターとして表示し見える化することで、熟練作業員の作業するタイミングと石けんの変化を分析できるようにした。さらに、ケン化釜の近くにカメラで撮影した映像をAIで解析、釜炊き職人の動きを追跡することで、作業中の動きや、その職人がどの釜で何分間作業したか滞在時間を記録できるようにした。データ収集はスタートしたばかりで、職人の動きや技を数値化することで「技術継承を後押ししていく」狙いがある。
 こうしたデジタル化は工場全体で取り組まれており、その協力企業が九電グループのQsol。同社の製造業向けのDXサービスを活用した課題解決のため、2023年から共同研究を始めている。廣渡健社長は「実際のものづくりの現場でスマートファクトリー化を支援するためのさまざまな知見を得ることができた」と手応えを感じている。

生産計画や体調管理ツール 中小企業のDX推進モデル

スマートウオッチを活用した作業員の見守り

 ケン化釜だけでなく、DXの取り組みは工場内のさまざまな面に及んでいる。釜炊きの現場は、夏場は40度を超える高温多湿環境であるため、これまでの安全管理に加え、温湿度計センサーとスマートウオッチによる作業員の見守り体制を構築した。13台のスマートウオッチを活用し、アラートによる休憩の促進、心拍アラートによる作業負荷の把握などができる仕組みとなっている。
 このほか生産計画の効率化も一部試験的にDX化に取り組んでいる。これはAIスケジューラーを用いて生産計画を自動立案できるようにしたもので、これまでは石けんを作る計画は「どの釜をいつ動かすのか」「液体石けんであればボトルに詰めるまでにいつまでにスタートしなければならないか」といったことを織り込みながらベテラン社員が手作業で作成していた。だが、考えながら作るため時間がかかり、業務負荷や、ベテラン社員しか作れないことで業務が属人化してしまうといった課題もあった。
 そこでAIスケジューラーを導入した。AIスケジューラーとは、最適化AI(カーナビのように、特定の条件下でより良い案を探索するAI技術)により、設備情報や必要な手順、休日など生産計画のさまざまなルールを考慮して、より良い計画を自動作成するシステムで、Qsolが開発した生産管理システム「GROTRY(グラトリー)」を導入。「年間200時間以上の削減効果が見込める」(シャボン玉石けん)という。
 さらに、工場内に設置したセンサーを用いて電気使用量を分析、生産設備を稼働させるためのエアーコンプレッサーからのエアークリーク(漏れ)の疑いを発見し、約3・9%の省エネ効果を達成、年間97万円の電気代削減に成功した。
 DX化は導入と運用に多額のコストが発生し、中小企業では経営の負担とみなされ導入しづらい傾向にある。シャボン玉石けんは「今回の共同研究は社内プロジェクトとしてスモールステップで推進し、現場の負担軽減がすぐに実感できた。中小企業のDXのモデルケースになり得ると考えており、ものづくりのまち・北九州からDX推進に寄与していく」と意気込む。