FOCUS 畜産・水産品【海外市場開拓】中国が水産物輸入再開もまだ慎重姿勢/現地のバイヤーからは早くも「取引再開」の依頼が続々
2025年08月20日
東京電力福島第1原発の処理水放出を理由に2023年から日本産の水産物輸入を停止していた中国は6月、一部について輸入再開を認めると発表した。人口約14億人の巨大マーケットの方針転換が、九州の事業者にとって商機拡大のチャンスであることは間違いない。しかし、複数の要因が重なり、現時点では慎重姿勢が大勢を占めている。
新たな商機は見込めるが 事業者に募る期待と不安

「中国市場は非常に魅力が大きい。しかし、政治的な思惑が絡んでいることもあり、今後の動きを冷静に見極める必要がある」─。長崎魚市場内で唯一の卸売業者である長崎魚市(長崎市)の貿易部担当者は、言葉を選ぶように語った。かつて水産物を中国に輸出していた経験を持つ長崎県内のある業者は「今年に入って複数の中国バイヤーから、輸入が再開されたときは取り引きを復活したいと依頼を受けた」という。長崎魚市にも、同様の連絡が入っていることは間違いないだろう。
しかし、同社は「現在は、現地も含めて複数のルートから情報を収集し、中国での市場展開を模索している段階。想定される課題にしっかりと対応してから、長崎産の水産物を中国の消費者に届けたい」と慎重な姿勢を崩さない。その理由を福岡市の水産加工会社幹部は「中国での事業展開は慎重にならざるを得ないケースが多いことに加えて、事業者の登録手続きなど複数の課題が想定されるからだろう」と説明する。
発言にある「事業者の登録手続き」とは、日中両政府が交わした事業再開のための要件を指す。具体的には、中国向け輸出水産食品などの取り扱い要項に基づいて、最終加工施設・最終保管施設と養殖場・包装施設を同国で再登録しなければならない。当面の間、原則として毎月20日までに関係資料を提出し、施設認定機関による審査が完了した施設に対して翌月までに一括して中国政府に再登録を要請するという手順を踏む。
さらに、中国が新たに二つの放射性物質の検査を求めていることも課題となっている。日本の業者は初回出荷までに、中国で登録された製造・加工施設ごとに検査を行わなければならないが、日本における新しい二つの物質の検査機関が少なく、処理可能な検体数も限られるからだ。ちなみに、中国がそれまで求めていた2種類の放射性物質はこれまでと同様、各事業者が輸出ロットごとに分析機関で検査しなければならない。
7月に行われた事業者向けのオンライン説明会では、新たに追加された二つの放射性物質の検査処理能力は1カ月あたり40件(1検体2・5キロ)と説明されたという。しかも、輸出停止が解除される以前に水揚げされた商材は検体の対象ではない。福岡市の水産加工業者は「中国への輸出再開を見越して、商品を冷凍保存していた業者は完全に当てが外れた格好。ほかに出荷先を探すか、見つけられなければ廃棄処分もやむを得ない状況になっている」と話す。
他方、農水産物やその加工品の販売・輸出入事業を手掛ける九州農水産物直販(福岡市)の小田保社長は「中国が日本産水産物の輸入停止措置を取った前後で中国市場における商材の価格が変わった。この点を踏まえた戦略の練り直しが必要」と説明する。かつて同社は、中国市場向けの主な商材としてホタテを扱っていたが、現在は牡蠣(かき)のみを輸出している。「中国が日本産水産物の輸入を停止して以降、ホタテの価格が4割程度も下落し、輸入が再開されても価格が元に戻る可能性は低いと判断した」(小田社長)からだ。今後は、中国から問い合わせがあるブリ(カンパチ)なども含めて、水産物や畜産物およびその加工品を40フィートコンテナに混載して輸出する事業を拡大する方針だという。
対米輸出の不透明感強まり 牛肉の中国市場拡大に期待
中国による日本産水産物の輸入解禁と同じように注目を集めているのが、7月中旬、メディアが一斉に報じた日本産牛肉の輸入再開に向けた動きだ。中国は日本でBSE(牛海綿状脳症)が発見されたことを受けて、01年9月から日本産牛肉の輸入を停止している。それから20年以上が経過した再開には唐突感があるが、多くの関係者が冷静に受け止めているようだ。その背景には、政府が5月、昨年648億円だった牛肉輸出額を30年に1132億円に引き上げる目標を打ち出したことにある。併せて、00年に3100万円だった対中国への輸出額は200億円に設定された。鹿児島県のあるJA幹部は「政府が早い段階で中国への牛肉輸出の再開を見込んでいたのは間違いない」と分析する。しかも、今年に入って中国関係者が、牛肉の処理施設適合検査のため南九州にある複数の施設を視察しているようだ。
九州の各方面でも、中国による日本産牛肉の輸入再開の動きは歓迎されている。宮崎県の河野俊嗣知事は、発表直後に行われた定例会見で「中国は極めて巨大なマーケットで、富裕層も相当な数がいる。宮崎にとっても好機となる」などと期待感を示した。その上で17年に台湾が輸入を再開した際、同県が国内の和牛産地の中ではいち早く輸出にこぎ着けたことを引き合いに出し「タイミングを逃すことなく、迅速に必要な動きを進めたい」と述べた。他方、前出した九州農水産物直販の小田社長は「コロナ禍前に中国輸出の準備を進めていたので、規制が解除されればすぐにでも輸出を開始できる」と意気込む。
農水省によると、昨年の国・地域別の輸出先では、米国が135億円で最も多かった。しかし米国は4月、日本からの輸入牛肉にかけていた26・4%の関税を10%上乗せした。さらに8月1日から25%の関税を課す方針が7月中旬に示されるなど、トランプ関税に翻弄(ほんろう)される状況が続いている。こうした状況を踏まえて、宮崎県のあるJA幹部は「今後もトランプ氏がどういった政策を打ち出すのか不透明なだけに、輸出先の多様化は不可欠。ニーズが見込める中国は貴重な市場になる」と語る。
しかし、水産物と同様、対中国輸出を手掛ける事業者には施設登録が必要で、商品表示の様式もまだ定まっていない。鹿児島県のある牛肉加工業者は「現時点で具体的な商談は入っていない」としながらも「商機を逃すことがないよう、相談されればできるだけ迅速に対応したい」と今後の展開を見据える。
(竹井 文夫)