ボビーに聞け
その精神性の高さが、短期間に大発展を成し遂げる原動力となり、明治・大正・昭和の激動期を、この小さな島国が列強から侵犯されることなく、独立国家として生きながらえてこられたのだと思います。しかし、最近はどうも様子がヘンです…。 1923年(21歳)全米オープン優勝。24年(22歳)全米アマ優勝。25年(23歳)全米アマ優勝、全米オープン2位。26年(24歳)全英オープン優勝、全米オープン優勝、全米アマ2位、27年(25歳)全英オープン優勝、全米アマ優勝。28年(26歳)全米オープン2位、全米アマ優勝。29年(27歳)全米オープン優勝など。 26年の全英オープン予選では、アウト33.イン33、ショット数33、パット数33というゴルフ史上、他に例を見ない均整の取れたスコアを記録するなど「天才」の名を欲しいままにします。 従って「動いた」というよりも、むしろ、本人が「動いたと主張している」という状況になってしまいました。そして彼は「アドレス後にボールが動いた」と申告し、自らに1打の罰を課したのでした。この罰打によってウィリー・マクファーレンに並ばれ、ついにプレーオフで破れてしまいました。このことについて、全米ゴルフ協会に数千通の手紙が届き、彼の勇気ある行動を賞賛しました。しかし、彼にはこのことが心外だったらしく、一連の騒動に対して次のようにコメントしました。 「私が他人のお金を盗まなかったといって誉めますか?当たり前のことをしたまでです。自分を騙すぐらい悲しいことはありませんから」と。 ちなみに彼はトップアマの座を守りながら、学業ではハーバード大学、エモリー大学、アトランタ工科大学に学ぶという文武両道の秀才でもあり、引退後は弁護士として活躍しました。 ところで、昨今の我が国は偽装大国の様相を呈しています。耐震構造の偽装に始まり 賞味期限・産地・材料・事故米 更には年金に至るまで「バレなければセーフ」「見つからなければ無罪」と言わんばかりです。「嘘をついたらダメ」とか「お天道様が見ているよ」といった幼稚園児に教えなければならないことを、国や地域のリーダーが守れないのですから困ったものです。 どうしたらよいのか迷った時は、ボビーの残してくれたこの逸話を思い起こしたいものですね。 | |||||
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