2008年11月号200ページに掲載
『山頭火日記抄』

(60) なにしろ船が多い。木造、鉄製、そして肉のそれも!

田嶋 庄三郎


 昭和七年四月二十日 行程四里 折尾町
 風にはほんたうに困る。塵労を文字通りに感じる。立派な国道が出来てゐる。幅が広くて曲折が少なくて、自動車にはよいが、歩く者には単調で却ってよくない。別れ道の道標はありがたい。福岡県は岡山県のやうに、此点では正確で懇切だ。
 行乞相はよかった。風のやうだった。(所得はダメ)。
 省みて、供養を受ける資格がない(応供に値するものは、阿羅漢以上である)。拒まれるのが当然である。これだけの諦観を持して行乞すれば、行乞が修行となる。忍辱は仏弟子たるものゝ守らなければならない道である。踏みつけられて土は固まるのだ。うたれたゝかれて人間はできあがる。

・旅のこどもが犬ころを持っている(ルンペン)
・けふもいちにち風をあるいてきた

 同宿は土方君。失職してワタリをつけて放浪してゐる。何のかのと話しかける。名札を書いてあげる。彼も親不孝者。打って飲んで買うて、自業自得の愚をくりかへしつゝある劣敗者の一人。

 四月二十一日 行程三里 若松市
 若松市行乞。行乞相と所得と並行した。同行の多いのは驚いた。自省自恥。
 若松といふところは、特殊なものを持ってゐる。港町といふよりも船着場といった方がふさわしい。帆柱林立だ(和船が多いから)。なにしろ船が多い。木造、鉄製、そして肉のそれも!
 諺文の立札がある。それほど鮮人が多いのだらう。檣(ほばしら)のうつくしい港として、長崎が灯火の港であることに匹敵する如く。
 鮮人宛の立札があるのは、諏訪神社に外人向けのお札(英語の)があるのと好対照だ。
 入雲洞君はなつかしい人だ。三年ぶりに逢うて熊本時代を話し、多少センチになる。
 金魚売の声、胡瓜、枇杷、そしてこゝでも金盞花がどこにも飾られてゐた。
 酢章魚(すだこ)がおいしかった。一句もないほどおいしかった。湯あがりにまた一杯が(実は三杯が)またよかった。ほんに酒飲みはいやしい。

・煙突みんな煙を吐く空に雲がない(八幡製鉄所)
・ぎっしりと帆柱に帆柱がうらゝか(若松風景)

 徹夜して句集草稿をまとめた、といふよりも、句集草稿をまとめてゐるうちに、夜が明けたのだ。とにかくこれで一段落ついた。ほっと安心の溜息を洩らした。すぐ井師(師匠の荻原井泉水)へ送った。何だか子を産み落としたやうな気持、いや、私としては糞づまりを垂れ流したやうな心持である(きたない表現だけれど)


 こじきには、そうとうつらいことや、屈辱を味わうことが多いのだろう。山頭火は、自分がまだ供養を受けるだけの資格がないことを自分自身に言い聞かせている。そして、拒まれることが当然との諦観を持てば、行乞が仏道修行になるというのである。
 「阿羅漢」とは尊敬、供養を受けるに値する人のことで、応供も同じ意味。仏教の修行を究めた最高の悟りに達した者、小乗仏教の聖者のことをいう。
 「ワタリ」は「渡り者」のことで、職業を持たずあちこちを放浪して歩く人のこと。「ワタリをつける」とは、何らかの関係のある人を訪ね回っては、いくらかの金銭を借りたりもらったりすることのようである。
 さて、「なにしろ船が多い。木造、鉄製、そして肉のそれも!」の「肉のそれも!」とは何のことだろうか。船は乗り物、そして肉の乗りものといえば馬、ではなかろう。読者もお分かりのとおり、娼婦のことだと思うのだけれど、いかがなものだろうか。
 「諺文の立札」の諺文とはハングル文字のことである。当時の若松港は石炭の積み出し港としてにぎわっており、相当数の朝鮮人労働者が働いていた。
 山頭火が「若松といふところは、特殊なものを持ってゐる」と書いているのは、石炭ラッシュに沸く若松には、暴力を背景にしたいくつもの組があって、荷役の利権をめぐってにらみ合っている港の情景も含まれているようだ。若松市会議員をしていた火野葦平の父親、「玉井組」の玉井金五郎は、懐にドスと拳銃を忍ばせていた。「花と竜」に書かれている実話である。

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