2008年11月号108ページに掲載

まえにすると和やかに

お菓子

くつろぎのひととき

 ■五十二萬石如水庵/■セイカ食品/■石村萬盛堂/■ニ鶴堂/■千鳥饅頭総本舗/  ■風月堂/■ひよ子/■村岡屋/■さかえ屋/■もち吉/■福砂屋/■フジバンビ/  ■江崎グリコ/■ロッテ商事/■明治製菓 ■カンロ
 「お菓子のお福分けで、人と人とのつながりももっと深まっていくのでは」。弊誌11月号恒例のお菓子特集。今回は、福岡市菓子協同組合の田中治雄理事長に、九州のお菓子にまつわる話やその良さなどを語ってもらった。


九州は日本でもお菓子の先進地
初めは自然の中の果実や木の実

●田中 治雄
(たなか・はるお)
1939年長崎県生まれ。98年に福岡市菓子協同組合理事長に就任、以来、業界発展のために尽力する。福岡県菓子工業組合副理事長、福岡県公正取引協議会会長ほか役職も多数。左衛門の社長としてもおいしいお菓子づくりに精力を注ぐ。
 九州は、日本の中でも歴史的にお菓子の先進地で、九州とお菓子が互いに密接な関係を保ちながら、独自の発展を遂げてきたと言えるだろう。それは九州が古来から、日本における海外文化の窓口としての役割を果たしてきたことが大きな要因で、さまざまなお菓子も同様に入ってきた。
 日本独自の歴史をさかのぼってみると、『日本書紀』に登場する田道間守の話に行き当たる。そこには「天皇、田道間守に命じて、常世国に遣わして非時香菓を求めしめられた…」とのくだりがあり、田道間守が垂仁天皇の命で不老長寿の霊薬といわれた非時香菓を求め、今の済州島あたりではなかったかとされている常世の国を探し回ること10年。やっとの思いで手に入れて持ち帰ったが、その時天皇はすでに崩御されていたといった内容。
 この時に田道間守が持ち帰ったのが柑橘類の橘で、これが日本のお菓子の最初とされている。このようにお菓子は、初めは人の手によって作られたものではなく、自然の中に存在する果実や木の実だった。

虎屋の饅頭が博多から全国へ
炭鉱の繁栄がお菓子人気加速

 他にも九州各地でいろいろな伝承が残されているが、ここではその後の歴史から饅頭にまつわるエピソードを挙げる。福岡市内に臨済宗の承天寺という寺があり、ここを開山したのは円爾弁円で、後に京都の東福寺の開祖ともなった。円爾は高僧を意味する国師号を最初に与えられて聖一国師と呼ばれたが、倶舎宗や天台宗を経て臨済宗を学び、嘉禎元年(1235)からは宋に渡ってさらに修業を積み、仁治二年(1241)に九州の博多に帰着した。この時に臨済の奥義とともに饅頭、羊羹、麺をもたらしたとされ、そのため承天寺にはうどん・そば、他にも博多織の発祥の碑があり、福岡の菓子組合でもこの11月には、饅頭発祥の碑を建てる予定で、準備を進めているところである。
 この聖一国師が博多で禅宗の布教をしていたある日、休息をした茶店で店主の栗波吉左衛門(吉右衛門との説もある)に厚いもてなしを受けた。そのお礼に宋で習い覚えた饅頭の作り方を伝授したというもので、吉左衛門はこれも聖一国師から揮ごうしてもらった「虎屋」の名ですぐに饅頭屋を開き、そこから虎屋饅頭の名が生まれて、あちこちに虎屋という店ができるようになったという話である。ちなみにこの時の饅頭は、皮に甘酒を入れて発酵させた甘酒饅頭であり、今で言うとバイオテクノロジーを用いたようなもので、やはり先人はえらいものである。
 16世紀のヨーロッパの食文化との出合い、いわゆる南蛮菓子の渡来も九州、日本のお菓子に多大な影響を及ぼした。それらさまざまな影響の中でいくつか挙げると、当時鶏卵を食べる習慣のなかった日本人が、南蛮食文化の影響で食べるようになり、カステラやボーロに代表されるお菓子にも鶏卵を使用するようになったもので、それとともにそのカステラなど、炎を操って作る焼き菓子の技術も非常に進歩した。また、南蛮菓子が、そのころ貴重品だった砂糖を大量に使用したことも、その後の日本のお菓子が甘いし好品としての道を歩んでいく上で、大きなインパクトを与えることになった。
 甘いし好品と言えば、明治から大正、昭和にかけて九州では大変炭鉱が栄え、それに伴い疲れがとれるといったことなどから、甘い饅頭が大量に消費された。景気もよく、豊かだったのだろう。これを契機にお菓子がまた一段と広まり、その人気を加速させた。

そこにあって潤い与えるお菓子
新鮮な素材に恵まれた九州

 それではお菓子の良い面とはどんなところだろうか。そこにお菓子があることで、雰囲気は穏やかなものとなり、会話も弾む。同じし好品のお酒では、時にはけんかになることもあるが、お菓子でそうなることはまずない。家族のだんらんに、知人との談笑の際に、あるいは1人静かに憩いのひと時に、そこにあってより潤いを与えてくれるのがお菓子である。
 子どもからお年寄りまで、男女の別も問わず楽しむことができ、また他家への訪問時の手土産に、さらにはひな祭り、七五三といった年中行事や人生の節目にも欠かせず、それだけ日ごろの日本人の生活にも深く浸透している。
 日本も核家族になり、祝い事などでいただくお菓子が大きくて食べきれないといったことを時々聞くが、そんな時はご近所などにお福分けすることを勧めている。お福分けのお菓子を持って訪ねた折、結婚式でどうだったなど簡単な話でもすれば、現代では希薄になった人と人とのつながりももっと深まっていくのではなかろうか。そうすれば殺伐としたような今の世の中も、少しばかりは和らいだものになっていく気がする。それでお裾分けではなく、自分の幸せを他の人にもという、お福分けとの言い方を私はしている。
 このところの国内にかかわらず続発している食品の安全・安心の問題については、同じ食品に携わる者として非常に心を痛めるとともに、憤慨している。どの問題も利を追求するあまりの姿勢が背景に横たわっていて、そのしわ寄せで一般の人々の健康が脅かされており、海外への働きかけはまた別の問題として、日本の各企業は今一度、自社のあり方を問い直すべき時であろう。
 温暖な気候ゆえ、九州は米や麦はじめお菓子の素材となる農産物に恵まれており、またお菓子で重要な役割を果たす果物・果実も新鮮なままふんだんに手に入れることができる。こうした安全・安心な素材からのおいしいお菓子をご提供し、皆さまに喜んでいただくことが、私どもお菓子メーカーの一番の幸せである。

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