2008年3月号106ページに掲載
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Company Nagasaki

メモリード

「創業40周年で500億は視野に
『育ててもらった』長崎から事業拡大」

吉田茂視社長
 1969(昭和44)年7月創業の冠婚葬祭業大手・メモリード(長崎県長与町、吉田茂視社長)。主力の冠婚葬祭事業はもちろん、現在ではホテル事業や少額保険事業などにも活動の幅を広げている。これらの事業を通じ、創業40周年を迎える08年度の総売上高500億円はすでに射程圏内。その10年後の50周年時には総売上高1000億円という大目標を掲げている。

長崎で産声あげた「優良企業」
売上高500億円は射程圏内

 同社は1969(昭和44)年、前身の長崎冠婚葬祭互助センターを創業。創業後まもなく、長崎新聞社の結婚式場の運営に携わる。吉田社長は「これで長崎市民や地元経済界との信頼関係を築くことができた」と振り返るとともに、・当時の長崎新聞社社長・松園尚己氏との出逢いが「創業当初で最も大きかった出来事」と振り返る。その後17年間にわたり運営を続け、企業としての基盤を確立することになる。
 一方で創業9年目の78(昭和53)年には関東進出を果たす。「進出当初は苦しかった記憶しかない。しかし今になって思えば、時代背景と関東進出のタイミングがマッチしていたと感じる」(吉田社長)と振り返る。その成果もあり、長崎と関東地区の“2大拠点”が同社の売上の大部分を担う場所に成長している。
 同社の主力事業はいうまでもなく冠婚葬祭事業。企業設立当時、社会は高度成長期のまっただ中にあり、一般の冠婚葬祭事情も大きく変化してきていた。「葬儀に関していえば、自宅葬が中心だったものが会館葬の割合が増えた。つまり、質のいいハードを整備すれば利用者が増えるということ」(吉田社長)だったが、それはつまり、ハードを整備するための資金力競争に突入することを意味し、企業としての体力勝負の時代に突入したことを表していた。その状況下、同社は作業の効率化や女性社員の戦力化を断行し、経費節減と企業としての地盤を強化。「10年間継続して行った結果、その成果が見えてきている」(同)。現在では07年時点で長崎県内の葬儀占有率は6割を超え、同事業の売上高は約380億円に達している。
 07年1月には長崎市内の葬儀社・公善社を子会社化した。業界内でのM&Aは今後加速することが見込まれており、吉田社長も「現時点で約270程度の法人があるが、最終的には10社程度に集約化されるのではないか」とみている。少子高齢化の影響で今後約20年間は安泰と言われている葬儀業。同社は事業規模の拡大とあわせてさらなる企業体質の強化を図り、冠婚葬祭事業単独で08年度の売上高400億円、10年後の売上高800億円をめざしている。

少額短期保険、ホテル事業を
創業50周年で企業の“柱”に

ホテルから望む長崎市内のロケーション

 新規事業の少額短期保険事業については、06年4月に改正保険業法が施行されたことを受け、複数の企業が保険事業への参入を検討していたが、同社を含む2社が国から正式に参入が認められた。同年8月に前ソニー生命副社長の沖雅博氏を社長に迎え準備会社を設立、このほど新会社「メモリード・ライフ」(東京)が正式に発足した。同社にはメモリードグループが出資する。
 保険事業への参入について吉田社長は「最近の保険業は外資系企業に圧倒されており、国内の生保会社はいずれも苦戦している。日本人のための保険は日本が提供しなければならないという思いを強く感じた」と話す。すでに07年には長崎県知事の認可を受けて長崎医療共済生活協同組合を設立。年齢に合わせた長期保証サービスを月額2000円(満15−59歳)、3000円(満60−84歳)という低額で提供する。将来的には互助会などを通じて全国での営業活動を視野に入れている。
 九州発の保険会社はあまり例がなく、吉田社長は同事業への参入を「半世紀に一度あるかないかのチャンス」と捉えている。すでに社内でプロジェクトチームを設立、事業として「大きな可能性を秘めている」(同)。今後は互助会組織をフルに活用し、外務員の教育などを徹底しながら、新規顧客の拡大をめざす。
ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート完成イメージ

 ホテル事業では、長崎市秋月町に「ガーデンテラス長崎ホテル&リゾート」を計画、敷地約5万平方メートルの造成(期)工事が完了した。08年5月に本体工事に着工、09年5月の完成を予定している。ホテルのコンセプトはゆっくり滞在してくつろげるスタイル。その一環として部屋数が21室、宴会場が4カ所と少なく設定しており、既存ホテルとは異なるサービスを行う考え。1期工事完成後には部屋数を増やすことも検討しているが、最大で50室弱に抑えて利用者に高品質のサービスと快適な空間を提供する。
 建設地の近くには06年に開通した女神大橋が通っており、2年後には長崎自動車道と女神大橋が直結する予定で「インフラ面も整備されることから、福岡からも利用しやすいホテルとしてアピールしたい」(同)と話す。このほか長野県軽井沢地区でも09年夏に同規模のホテルをオープンさせる予定で、将来的には全国で10カ所程度オープンさせる予定。
 吉田社長はこの保険事業とホテル事業を企業の新たな“柱”に育てる意向を示しており、08年度のグループ総売上高500億円はすでに射程圏内に入っている。50周年時(18年度)に総売上高1000億円という大目標に向け、この2事業への期待は大きい。
 このように、さまざまな事業で広域活動している同社だが、根底には創業した長崎に対する想いが強い。吉田社長は「長崎から巣立っていった大企業もあるが、当社は長崎から出ていくつもりはない」と言い切る。長崎駅前で計画されている土地区画整理事業にあわせ、駅前への本社移転を計画、「長崎に骨を埋める」覚悟の吉田社長。県内屈指の優良企業として、同社は今後も長崎を軸とする事業活動を展開する。

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