2008年2月号198ページに掲載

人が人を殺す
ということ


 「罪を悪んでその人を悪まず」―。犯した罪は罪として憎むべきだが、罪を犯した人までも憎んではならない、という意味。古くから言い伝えられた格言だが、いまや「死語」になってしまった。
 若いころ、この格言の意味について考えをめぐらしたものだ。「人格識見、倫理、寛容、人間尊重」について考え、座右の銘にするなら、さらに突っ込んで「宗教」の世界にまで入らねばならないと考えた。今でも、自分なりの生き方の理念として、頭の片隅にある言葉である。
 日本民族は古くから「極悪人は死刑に」という思想が強かったように思う。だが、今日では、国連や欧州連合(EU)などが死刑問題をめぐって日本を強く非難する。世界のこの潮流は当然と思うし、歓迎すべきことだと考える。

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 昨年11月、福岡県久留米市まで
出かけた。日本の死刑囚で初めて再審無罪となった免田栄さん(82)が死刑廃止を講演で訴えるということを新聞で知ったからだ。免田さんは、死刑囚として35年間過ごした刑務所での体験を1時間近くにわたり語った。
 「死刑の執行がある日は雰囲気でわかる。『自分はいつだろうか』と生きた心地のしない日々が続く。自白を強要する刑事の取り調べ。思い出すと今でも身がすくむ。人の裁きには誤審もある。親しく話を交わしていた死刑囚の中には、無実を訴えて再審を望みながら、果たせずに刑場に消えた人もいた。死刑は執行されれば取り返しがつかない…」
 免田さんは会場の80人ばかりの人を見渡しながら淡々と語った。30年程前、法廷で見た免田さんとは違って表情が穏やかになり、今では海外にまで出かけて死刑廃止を訴えて回っているそうだ。
 免田さんは1948(昭和23)年、熊本県人吉市で祈祷師一家4人が殺害された事件で逮捕されて自白。公判でアリバイを主張したが認められず、51(昭和26)年に最高裁で死刑確定。83(昭和58)年に再審で無罪判決を受けた。
 集いでは「死刑存置派も死刑廃止派も、政治家も市民も、冷静に考えるためには、とりあえず、死刑執行のない状況が必要だと思います。執行をやたら行ったからといって、犯罪は減りません。被害者が、犯罪者を憎むしかないという生き方は、あまりにも不幸です」といった趣旨の決議文が採択された。

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 韓国では昨年10月10日、「死刑廃止国宣言式」があった。韓国では、1997(平成9)年12月の23人を最後に10年間死刑執行が行われていない。11月15日には、EUなど87カ国が国連総会に共同提案した「死刑執行停止」を求める決議案が賛成多数で採択された。賛成104カ国、反対は日本、米国、中国など54カ国、29カ国が棄権した。
 死刑の目的は、一般論として、犯罪者の命を奪うことによって、これから発生するであろう犯罪を思いとどまらせる。また他人の命を奪った罪に対して等しい責任を取らせる。さらに、被害者のあだ討ちによる社会秩序の弊害を国家が代わることでなくす、という側面があるとされている。
 では、死刑執行によって犯罪は減るのだろうか。いろんな分析がなされているが、少なくとも死刑廃止後に劇的に犯罪が増加、凶悪化したケースは、これまでにはないといわれている。
 アムスティ・インターナショナル日本によると、死刑を「事実上廃止」している国を含むと、死刑廃止国は133カ国、死刑を存続しているのは64の国・地域だけだ。日本では「存続を認める」と考えている人が8割を超える(内閣府世論調査)。

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 1995(平成7)年4月、168人が犠牲になった米国ビル爆破事件で娘を亡くしたという米人が昨年来日し、「死刑廃止に向け、日本はアジアでリーダーシップを発揮してほしい」と訴えて回った。
 ビル爆破事件の首謀者とされた男は元米陸軍兵士。「自分を湾岸戦争に送り込んだ連邦政府への恨み」が動機だったとされる。兵士は01(平成13)年に死刑執行。テレビで悲しみの兵士の父を見た娘の父親。「息子が犯した罪であなたを憎んではいない」。加害と被害の父親たちは3年半後に面会を果たし、交流が続いているという。
 最近、ある全国紙を見ていて目に留まった記事がある。カトリック枢機卿の白柳誠一さん(79)の話だ。「対話をしても違いは残るんですよね」「相手もやはり自分の一番素晴しいものを信じているということに敬意を表して、違いを超えて共通の目的に進もうとする姿勢」「相手の弱さを知り、自分も弱い人間であるから過ちを犯すことがあると知る」。こうした含蓄のある言葉がちりばめられた後、こう結ばれている。
 「世界は一つです。この中で日本人はどうかと言うと、(中略)人間は何のために生まれたのか、どこへ行くのか、苦しみや死に意味はあるのか。(中略)若者に言いたい。ちゃんとした人生観、世界観を持つように」
 法務省は昨年12月7日、3人の死刑を執行し、その名前、犯罪事実、執行場所を発表した。突然のことに私はテレビの前で恐怖のあまり鳥肌がたった。犯罪予防、見せしめのための国家の行為としか映らなかった。
(編集委員・中村英光)

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