2008年2月号192ページに掲載

その規則とマナー


ごるふ道 伝道師 谷水 利行
 2008年は北京オリンピック開催の年ですが、それは同時に4年に1度行われる規則改訂の年でもあります。
 世界のゴルフ規則は、英国のR&Aと米国のUSGAというふたつの組織が中心になって、ほぼ全ての内容を決定しています。私たち日本のゴルファーも、ここで決定された規則に従わなければならないのは言うまでもありません。尚、R&AとUSGAの詳しい説明は省略いたしますが、とりあえず、前者はゴルフ発祥の地を、後者は世界最大のゴルフ市場を代表した組織だと考えておいてください。
 さて、ゴルフ規則は、洋の東西を問わず「法律は悪人が存在するものとして作られているが、ゴルフ規則は故意に不正を犯す者はいないという前提で作られている」の言葉のとおり、人間の善意を100%信用して作られています。規則の中にうたわれている罰則は 全て善意の過失によって規程の処置を誤ったものに対してプレーの公平を期するのが目的であって、もしも規則の明示されていない不測の事態が起こったときには、公正の理念に照らして解決せよ、というのが基本精神なのです。ゴルファーは、このようにおおらかなゴルフ規則を裏切ってはならないし、それどころか誇りとしなければならない、といわれる理由がここに存在するのです。
 1924年、イングランドで急速に広まったゴルフブームは、それまでの紳士淑女のゲームから、一般大衆のゲームへと変貌しつつありました。
 この年、ニューズ・オブ・ザ・ワールド社主ロード・リデルは、自分の新聞でもゴルフを大きなテーマとして取扱うつもりでした。ところが、一般大衆は気性が荒いうえ、マナーに欠ける言動が目立ちました。これに心を痛めたリデルは、一刻も早くマナー教育の必要があると考えました。大衆ゴルファーを集めた会議の冒頭で 彼はゴルフ史に残る名言を吐いたのでした。
 「諸君、人間は礼儀正しく挨拶するからイヌではなくて人間なのだ」そしてマナーの修得がショットやスコアよりも優先されなければならない、と熱っぽく語ったのでした。さらに続けて「ゴルフの誇るべき特質とは何か? ゴルフの真髄、エスプリ、心とは何か? 誰か明快に答えてみなさい!」と畳み掛けました。返事が無いと知ったリデルは、暫く呼吸を整えてから諭すように語り始めました。
 「ゴルフがスコットランドの草原に根付いたのは 西暦1300年代の後半だろう。その日から現在まで隆盛を極めることはあっても、ただの一度として人々に飽きられたことが無い。その理由は ゴルフと言う知的なゲームが、大人になってから初めて試される常識のためのリトマス試験紙と考えられる点にある。スコアなど論外、ゴルファーが残すのはプレーの後味だけである。では、ゴルフの真髄とは何か? それはゲームに臨んで一人の審判もいないことだ。つまり持てる常識の全てを駆使したうえ、その結論に全責任を負うのがゴルフの特徴である。ところがゴルフほど誤魔化しやすい機会に恵まれるゲームも稀である。ゆえに、ゴルフほど欺瞞を犯した者が厳しく軽蔑されるゲームも他に例を見ない。審判不在、これは互いを信用することによって成り立つ話である。この状況に身を置いて、他から信用を得なければならない。これがゴルフの真髄であり、ゆえにゴルフでは灰色的行為の全てが有罪とされる。くれぐれも申し上げるが、人から疑惑の念を持たれるような行動は現に慎まなければならない。公明正大で自分を絶対に騙さないのがゴルフである!」
 彼は過去にスコットランドで発生した幾つかの不正事件について語り始めました。スコア欺瞞が原因で町長の椅子から追われた男。人々から見放された商店主。職場にいられなくなった重役。中には名の知れた政治家もいたが、わずか1打を誤魔化したため次の選挙で落選した例も披露されました…。
 この話は、今から約80年前の話ですが、現代の我が国が直面している状況と驚くほどよく似ていますね。但し、ひとつだけ違う点があります。リデルが、一般大衆に対して「灰色的行為の全ては有罪である」と諭したのに対し、我が国では、国や企業の指導的立場にある人物が「灰色的行為の全ては無罪である」と考えている点です。確かに文明は進化しましたが、倫理観は後退してしまいました。古人が身につけていた矜持を取り戻したいものです。

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