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地域レポート「交流・定住・雇用」に向け 161のプロジェクト展開
時速260キロの猛スピードで疾走する新幹線をいかにしてつかまえられるか―。2011年春、福岡と鹿児島を1時間20分で直結する九州新幹線の開業は九州ばかりか、中国地方や関西圏までターゲットにした人と経済を取り込むための戦略が沿線各地で繰り広げられている。中間地点となる熊本県では、そのロケーションからくるプラスとマイナス面を併せ持ち、新幹線利用客をつかみ取るための施策が全県を挙げて展開されている。九州の地銀6行の調査によると、新幹線の終点となる鹿児島と途中の熊本県では全線開業で福岡地区への来訪者がそれぞれ6割(鹿児島市在住者)と4割(熊本市)増加するという結果も出ている。地域間・都市間競争がますます激化することを暗示するかのような数値である。そして熊本の描く新幹線戦略とは…。新幹線開発の行方占う「トップ会議」開催3月27日。JR九州熊本駅に隣接するホテルで熊本県内の行政と経済界、JR九州の首脳が一堂に会した会議が開催された。通称「トップ会議」。2011年春の九州新幹線鹿児島ルートの全線開業に向け、熊本の玄関口となる熊本駅周辺の開発計画を話し合う首脳会談である。参加したのは熊本県の潮谷義子知事を始め、熊本市の幸山政史市長、熊本商工会議所の中尾保徳会頭(鶴屋百貨店会長)、熊本経済同友会の小栗宏夫代表幹事(肥後銀行頭取)、そしてJR九州の石原進社長ら。新幹線の受け皿となる地元行政と経済界、新幹線を運行させる主役であるJR九州の最高責任者がダイレクトに意見交換する、文字通りトップ同士による協議の場である。熊本駅周辺の整備事業は総投資額2000億円に上る「熊本史上最大の都市開発プロジェクト」といわれている。まさに新幹線開業に向けた事業を象徴するスーパープロジェクトだ。事業規模もさることながら、新幹線利用客が最初に降り立つ場所となることから、どのような機能と施設を集約させるかが重要課題となっている。すなわち、駅周辺開発の行方は熊本を訪れる人たちに第一印象を刻み込む場となるだけでなく、新幹線を起爆剤にして熊本の新しい街を作り上げていく重大事業でもある。それだけに関係者の意思疎通は大きな意義を持つ。 これまで地元サイドでは行政と経済界が協力体制で臨んできた。だが、新幹線の運行主体であるJR九州トップとの間で直接的な意思確認の場はなかった。新幹線開発でカギを握るJR九州がどのような戦略を描いているのか…。JR九州の意向次第で新幹線に関連する全体事業にも大きく影響を及ぼす。昨年秋に開催された第1回のトップ会議では、新幹線開業にかける地元行政と経済界の重いがJR九州側に伝えられた。2回目となった今回は、開業まで残された4年間を着実に事業を前進させていくことが確認され、地元とJR九州の共同歩調体制が深まる成果を得た。 福岡と鹿児島の九州の縦軸が直結する新幹線開業で、中間地点となる熊本では「期待」とともに「不安」の声も上がっている。「期待」とはいうまでもなく、熊本から新大阪まで3時間を切る近さとなり、近畿圏や中国地方からのビジネスや旅行客が大幅に増大することへの期待感。一方「不安」の指摘では熊本から博多まで35分という短時間移動が実現し、経済の拠点である福岡に商圏が吸収されてしまうストロー化現象に対する危機感。新幹線開業の結果、「熊本の地場経済が衰退化してしまうのでは」という懸念である。 こうした「期待」と「不安」に対応した戦略をどう描き実行していくのかが、最大の焦点であり課題とされる。観光客数が2003年の6255万人をピークに減少傾向をたどる中、熊本の再生を占い将来を決定付けるといっても過言ではない―それが新幹線開業のビッグチャンスである。 大黒柱は「新幹線くまもと創りプロジェクト」延長約260キロの九州新幹線鹿児島ルート。4年後の開業をにらんだ施策は、実に多種多様に及んでいる。その大きな柱となっているのが「新幹線くまもとづくりプロジェクト」だ。2005年6月に熊本県の潮谷知事が中心となり、沿線自治体のみならず県下の市町村、経済商工・農林水産・交通・文化・教育・婦人・環境団体などなど、県内の30を超える団体・協会が参画してプロジェクト推進本部を発足。約1年間をかけてまとめ上げたものが同プロジェクトである。中身は大きく4つの分野に分かれる。一つは交通分野の整備。九州の拠点となる広域交通・情報網を確立させるもので、新幹線開業を契機に九州の中心に位置する地理的優位性を武器にして、一次アクセスである新幹線と県内の各拠点都市を結ぶ二次アクセス。さらに各拠点都市から主要目的地までをつなぐ三次アクセスの整備を図ることを目標に掲げている。 2つ目は交流促進分野の充実。阿蘇や天草に代表される熊本ならではの豊かな自然や景観など、潜在的な観光資源をアピールする。新幹線開業でターゲットになる関西圏や中国地方のみならず、全国そしてアジアからの来訪者も視野に入れた情報を発信、誘致活動を展開していく。熊本への来訪者が気持ちよく過ごせるよう、きめ細やかなおもてなしを提供できる態勢(ホスピタリティ)を整備する。
3番目が農林水産・商工業分野の振興。本物志向の消費者に向け、熊本の誇る食文化や農水産品を内外にアピールし、農林水産業や商工業の振興を図っていく狙いである。熊本の農山漁村に伝承される食文化の体験できるツーリズムなどを通じ、地域づくりや産業振興に結び付けていこうというもの。 そして4番目が定住・雇用・教育分野の環境整備である。福岡までわずか35分、大阪まで3時間弱という飛躍的な利便性の向上で「誰もが住みたくなるライフデザインが描ける熊本の実現」を目指す。 つまり新幹線の開業で九州の縦軸が完結し、そこから横軸に展開するアクセス整備を実現。熊本の持つ潜在的な観光資源をアピールしながら、農水産品を消費してもらい、ひいては熊本への移住を決意させようというストーリーだ。 4つの分野の施策を展開していくため、18のプロジェクトを設定。例えば交通分野では新幹線と既存鉄道の交通アクセスの強化、道路網やバス交通網の整備。交流促進では広域観光ルートの開発や観光客受け入れのための態勢充実と整備。農林水産分野では旬の県産品を宿泊施設に提供できる態勢整備や一次産品の付加価値を高めるための加工食品の開発。そして定住・雇用では新幹線駅周辺の通勤・通学のための環境整備や転入促進のための住宅取得の優遇策。地場産業や誘致企業と連携した人材育成の機会拡充など―である。このほか、県内11地域では、その特色と特性を踏まえ「11の郷づくり推進」と名付けたプロジェクトを143という数でラインナップ。 新幹線開業に絡む地域振興策は他県でも実施されているところだが、熊本の大きな特色として挙げられるのがツーリズムプロジェクトである。ツーリズムとは従来の観光から一歩踏み込み、地域の自然や農山漁村の生活や文化に触れ、日常生活では体験できない時間と空間を味わうもの。ヨーロッパが発祥の地で「都市と農村の交流」という意味がある。日本では1990年代からひそかなブームが沸き起こり、農林水産省でも92年から「グリーンツーリズム」という名称で推進している。 熊本県のツーリズム活動は2004年、第1回全国グリーンツーリズムネットワーク大会が開催されるなど「ツーリズム先進県」といわれている。昨年末には県内各地でツーリズムを実践している37団体が「熊本ツーリズムコンソーシアム」を設立。オール熊本態勢で一体的広域的なツーリズムとビジネスモデル構築に向けての活動をスタートさせている。 「新幹線くまもと創りプロジェクト」では「熊本型ツーリズムの確立」を目指し、全県と地域ごと展開策を提示。全県態勢では(1)ツーリズムのレベルアップ(2)ツーリズム登録機関の設置(3)九州全域におけるネットワークの構築。地域ごとには(4)滞在型交流の拠点整備(5)ツーリズム支援体制の拡充(6)地域ぐるみによる新たな魅力の創造(7)来訪者への満足度の向上(8)リピーターの確保を図っていく。新幹線プロジェクトの基本的な考え方に「交流・定住、雇用へつなげる必要がある」と掲げているが、ツーリズムはこの目標に向けて大きなツールと位置づけている。 ツーリズムの先駆者・阿蘇 DCは1990年から始動10年前の1997年、阿蘇の小国町で九州ツーリズム大学が開校した。農家レストランや農家民宿の経営など実践的なプログラムを展開。全国でも先駆的なツーリズム研修活動を手掛けている。そして阿蘇地方におけるツーリズムの中心的な役割を果たしているのが、阿蘇地域振興デザインセンター(阿蘇DC)である。もともとは阿蘇の自然を守るとともに、観光開発と地域づくりを行う目的で1990年に設立。当時はバブル景気の華やかりしきころでリゾート開発の波が阿蘇にも押し寄せ、国立公園に指定されている自然豊かな阿蘇の将来像を地域全体で考えていく必要性に迫られ、熊本県と阿蘇地域の12町村が出資して財団法人(当時は阿蘇環境デザインセンター)として活動を開始した。その後、広域的な地域振興と観光開発を一体的に進めていくため、組織改正と拡充に着手。活動の司令塔となる事務局長の役職には全国公募による民間人を採用するなど、独自の組織体制で運営を本格化している。 1998年の現体制後の取り組みでは、行政だけでなく地元や民間団体などとともに広域的な連携による「阿蘇地域振興策」を策定。2002年度から具体計画「スローな阿蘇づくり・阿蘇カルデラツーリズム」を実行に移している。「阿蘇カルデラツーリズム」とは阿蘇地域にある自然や農村、商店街を活用し、さらに公共交通網を組み合わせた広域的なツーリズムを提供する。「スローな阿蘇づくり」というネーミング通り、ゆっくりのんびりと阿蘇の自然と文化を満喫してもらうというシナリオである。
二代目の事務局長を務める坂元英俊氏がいう。 「阿蘇地域には年間1900万人もの観光客が訪れている。これは九州の観光地の中でもダントツの数字である。しかし、その観光客が果たして地域の暮らし、そこに住む人とのつながりに発展しているかは疑問だ。観光ツアーの団体客は阿蘇山の火口を見て、温泉旅館で風呂に入り、それから真っすぐ帰ってしまうというパターン。だから地元の商店街や阿蘇で暮らす農家の人たちとの接点がない。大事なことは地域の人たち、すなわち地元の農家や商店街が活気に満ち、元気の出るような地域づくりを実現させることにある。ツーリズムとは地元の人や文化との交流。地域の農村や商店街が元気ならば、お客さんもおのずと集まってくる」 カルデラツーリズムには(1)「立ち寄り農家」と称して、農家の軒先で地元主婦による手作りお菓子を食べたり、農家に民泊して新鮮な食材を収穫体験するグリーンツーリズム(2)地元の商店街を散策したり、案内人が人気スポットをガイドし、入浴や飲食を楽しむタウンツーリズム(3)阿蘇の外輪山をトレッキングし、自生の植物を身近に感じながら遊歩道を歩き、雄大な阿蘇の自然を満喫するエコツーリズム―などが用意されている。観光ツアーの場合はマイカー利用による週末の土日が主だが、ツーリズムは「ウイークデーで基本的に車を使わない考え方」(坂元氏)から、公共交通機関の利用を前提としている。この代表例が「広域循環バス」である。
広域循環バスは阿蘇谷といわれる阿蘇市(旧一の宮町・阿蘇町)と北外輪山の小国郷(小国町・南小国町)を結ぶルートで、JR駅や各種施設、ツーリズムエリアの農村集落や商店街を結んで循環運行している。車ではなくバスを利用することにより、ゆっくりと農村を散策、地元の商店街で飲食を楽しみ、地域文化に触れ「ゆっくりとした時間を過ごしてもらう」(坂元氏)ための有効なツールと考えている。 このほか「サイクルトレイン」と称し、阿蘇への鉄道アクセス・JR豊肥線(熊本駅〜宮地駅)や南阿蘇鉄道(立野駅〜高森駅)に自転車と一緒に乗車できる電車の運行。マイカー利用者に対して、途中駅で駐車して公共交通機関に乗換えることで鉄道駅を自由に乗降できる「パークアンドライド」など、公共交通によるスローな阿蘇の旅をサービスしている。こうした企画は国土交通省でもバックアップしており、2003年度から2年間をかけて交通実験を実施。03年度は例年より8.1%、04年度では6.2%それぞれ鉄道利用者が増加するという効果を得た。公共交通機関のサービス向上を図ることで、阿蘇への来訪者を増加させた実証データとなっている。 人吉球磨地域でも広域活動組織を設立広域の自治体あるいはツーリズム団体が連携した活動は、県北の阿蘇だけではなく県南地域でも広がっている。人吉・球磨地域では昨年、広域的な組織連携によるツーリズム推進団体が発足。人吉球磨グリーンツーリズム推進協議会がそれ。同協議会は「都市との交流を進め、豊かな地域資源を活かして人吉・球磨全域で連携しながらグリーンツーリズム(農山村地域で自然、文化、人々との交流を楽しむ滞在型の余暇活動)の普及促進により、魅力と活力ある地域の振興を図ること」(同会会則)を目的としている。発足後の11月、グリーンツーリズムの国際シンポジウムを開催するなど活動を開始したところだ。ツーリズムの対象エリアとなる人吉・球磨地方は「相良700年の歴史」といわれている。鎌倉時代に遠州(静岡)の相良三郎長頼が地頭として入国。以来、明治維新まで700年に渡り相良氏がこの地を治めてきた歴史を有する。鎌倉幕府以来、大名の家督が続いた例は珍しく、それだけに700年の歴史を刻む貴重な文化財が数多く点在している。人吉・球磨のグリーンツーリズムはこうした地域の歴史遺産を活用しながら、農山村の豊かな食や地域文化を体験するものである。 域内の10市町村では協議会発足以前からグリーンツーリズムに関する研究会が各地区で組織化されていた。推進協議会の実践部会の部会長で協議会の母体でもある人吉球磨グリーンツーリズムワーキング代表の本田節氏が語る。
「人吉・球磨地方では『観光農業準備会』という、この地方の農産品を生かした体験型の観光振興を図るための組織が2002年に発足していた。具体的な活動はイチゴ狩りやメロンのオーナー制度などの事業で、都会の人たちに農作業体験を楽しんでもらおうというもの。その後各地区で民間が主体となったツーリズム研究会が設立され、05年には行政と民間のパートナーシップによる広域的なツーリズム活動のワーキング組織ができた」 推進協議会には地区内の自治体やツーリズム研究会、農林など21団体が参加し「こうした広域に渡る組織の連携で様々なツーリズムのメニューを用意することができ、来訪者の滞在時間を長められるというメリットが生まれた」(参加団体)という。 メニューの具体例は、豆腐作りやわらじ作りなどの「体験型」、天然のアユやにしめなどの郷土料理を味わえる「食文化型」、農家の暮らしに触れる「農家民泊型」など。農村生活を体験するには地元農家の理解と協力が不可欠となるが、民泊のための家屋を提供してくれる農家も12軒に増えた。その1人、あさぎり町の橋口京美さんは「3年前から農家民宿を始めた。最初は年に15〜16件(民泊数)だったのが、少しずつ増えて昨年は60件になった。『また来年も来たい』というリピーターもいる」と話す。橋口さん宅の民宿家屋は昭和2(1927)年に築造された米蔵(石造り)を改造したもので、「農業だけでは将来の生活設計が難しいと思い、トラクター1台分(約600万円)をかけて改築した」(橋口氏)。 人吉・球磨地方にはこうした石倉が150〜160軒が残っており、ツーリズムの拠点として活用されている。また焼酎の醸造元が28軒あり、銘柄は160種類に及ぶ。つまりそれだけ米作りが盛んであり、同時に食文化も盛んだったということ。この米文化の歴史を象徴するものが石倉で、地元料理の提供や農家体験を組み合わせたツーリズムが特徴となっている。
実践部会長の本田氏は自身でも農家レストラン(ひまわり亭)を経営し「食文化はグリーンツーリズムで大切な要素を成している。その食文化のもてなしには、地域の女性やお年寄りが欠かせない存在となっている」という。 また人吉・球磨地方は2003年度に国の構造改革特区(森林の郷農林業げんき特区)にも認定され、その中軸を成したのがグリーンツーリズムだった。特区の目的は観光農業の推進や都市と農山村の交流による地域経済の活性化。特区認定により、農家民宿を実施する際に簡易な消防設備の容認か特定農地の貸付事業が農業団体以外にも行えるようになるなど、ツーリズム事業が後押しにつながったという。 今後の展開は「外に向かっては都会の人にもっと情報を発信し、内側の活動では地域の連携をさらに深め、それぞれのツーリズムの質的向上を目指していく」(本田氏)。 天草ではNPO法人による定住促進を目指す熊本を代表する観光地の一つ、天草地方でもツーリズム活動は展開を見せている。昨年8月に天草市、地元経済団体、農協、大学、住民団体など13者が参加してNPO(特定非営利活動)法人「グリーンライフあまくさ」を設立。遊休農地を活用し、都市に住む人たちが農業や漁業との共生・スローライフを楽しめる「天草グリーンライフコミュニティー」活動をスタートさせた。3月17・18日には体験ツアーが行われ、東京や熊本県内から約20人が参加した。ツアー地となった天草市金焼地区まで海上タクシーで海を渡り、地元農家に民泊している。初日は地元の散策、夜は民泊農家で地元の人たちと交流会を催した。2日目は耕運機を使い遊休農地を耕したり、サトイモの植え付けなどの農作業を体験した。この日、家族4人連れで参加した30代の男性経営者は「なかなかこういう(農業体験の)機会はないので楽しい。若い時には難しいかもしれないが、定年後は海と山の自然豊かなところでのんびりと過ごしてみたい」と、子供ともども畑仕事に汗を流していた。 体験ツアーは国の「都市と農山漁村の共生・対流を推進するための社会実験」の一環として行われたもので、実は昨年11月に第1回の実験ツアーが実施済み。実験は都市住民と地元住民の協働による遊休農地の有効活用法を創造し「学・食・住・遊・職の自給コミュニティー」のモデルを形成するのが目的だという。国が乗り出した背景は、天草地方の抱える問題があった。 天草市の人口は22年前の1985年と比較し5500人も減少。年齢層も65歳以上の老年人口が30%を超えて全国平均より10ポイントも上回る高齢過疎地となっている。第一次産業の比率も22%(95年)あったものが、2005年には16%強まで落ち込んだ。農業従事者の減少と高齢化により耕作放棄地は増大し、農地の荒廃と集落の存在が危ぶまれる状況に瀕している。
天草市(旧本渡市)ではこうした問題の解決に向け、05年に「天草キックアップシンポジウム」と題した地域振興策を探るイベントを実施。翌年には国の「共生・対流事業」の実験対象地に選定された。実験推進のための協議会(天草グリーンライフ・コミュニティー推進協議会=後のNPO法人の母体となる組織)も結成され、運営主体となるNPO法人グリーンライフあまくさの発足へとつながっていく。NPO法人理事長で熊本クボタ社長の西山忠彦氏が語る。 「実は経済界(熊本経済同友会)でも、04年に『熊本フォーラム』(7回大会)の分科会で地域のブラッシュアップを図ろうと提言していた。そのためにはまず、熊本の基幹産業である第一次産業を元気にすることが大事。そして05年の『キックアップシンポ』で地元もムードアップし、社会実験の受け皿となる産官学民によるNPO法人を設立することとなった」 産官学民によるNPO法人とは行政、経済・農業団体、大学に加え、地元企業や住民協議会の民間参加による「マルチセクター型地域経営体」を指すもの。西山理事長によると「第3セクターや株式会社より非営利団体とすることで、皆が安心して参加できるメリットが生まれた」という。 事業の概要は、行政が遊休農地を提供してくれる農家と賃貸契約を交わし、その土地を有効活用するためNPO法人にリース方式で貸し付ける。一方、NPO法人は都市住民から出資金を募り、行政からリースしてもらった遊休農地に信託(トラスト)運用する。事業が拡大するかどうかは遊休農地を提供してくれる農家を増やすのと同時に、NPO法人に出資する参加者を多く募ることがポイントとなる。「07年度はトラスト基金の制度を整え、大々的に会員を募っていく考え」(西山氏)だ。 また行政側でも「天草市内には51の地域(校区)があるが、その中には『ウチでも遊休農地を使って欲しい』という声が上がっている。『天草型トラスト制度』が広がっていけば、地域の活性化にも大いに繋がる」(天草市農業振興課)と期待している。さらに「ツーリズムから進み、将来は『移住したい』という人たちが現れ、そこで新たな産業が創出されることも目標にしている」と、大きなビジョンを抱いている。 築城400年祭、コンベンション誘致で県都もアピール
実行委員会によると「昨年末から正月三が日までのオープニングイベントには延べ9万6000人の入園者があった(前年は2万6000人)。この間アンケート調査も行ったが、約3割が県外からの来場者だった。熊本城を訪れての感想を聞くと『やっぱりすばらしいお城だ』という人が圧倒的だった」と、大きな手ごたえを感じている。 熊本城総合事務所の統計によると、2003年の入園者数は約万人、04年が80万人、05年が78万人、そして昨年06年が90万人を記録。このうち外国人は04年が13万人、05年が14万人、06年が22万人と増え続け、中でも韓国からの観光客が伸びているという。昨年90万人の入園者を達成したのも、韓国からが前年よりも8万人近く増えたことが大きな要因と見ている。築城400年祭が幕開けとなった今年1月の入園者は10万人、2月が8万人を突破し例年より3万人近く急増している。 この増加現象について「1998年から熊本城の復元整備計画がスタートしているが、これまで南大手門と四つの櫓が完成した。復元で最大の事業となる本丸御殿大広間は来春に完成する。こうした『本物の建築』を見せることが人を呼び込む効果につながっているのではないか」(熊本城総合事務所)と分析している。 この後イベントは8月の「夏絵巻」では1カ月間に渡って、野外コンサートやシネマウィーク、熊本城400年の歴史を探るシンポジウムなどを展開。10月からの「秋絵巻」では国宝を含む永青文庫や佐賀の名護屋城博物館から伝統美術を展示公開。12月の「冬絵巻」には全国城跡等石垣整備調査研究会によるシンポジウムを開催する予定。そしてエピローグとなる来年3月は熊本城復元のクライマックス事業・本丸御殿の落成式へとスケジュールを組んでいる。 本丸御殿が完成すれば、現在50分の観光時間が2時間程度まで伸びることが予測され「これで熊本市内に宿泊する観光客も増えることになるのでは…」(熊本市)と、宿泊客アップに期待が膨らむばかりだ。 熊本城祭とともに集客戦略の柱となるのが、コンベンションの誘致である。今から20年前の88年、熊本市は国際コンベンションシティーの指定を受けている。91年には招致活動のための熊本国際コンベンション協会が設立(2005年に熊本国際観光コンベンション協会に名称変更)。県の「新幹線くまもと創りプロジェクト」にもコンベンション事業は「スポーツ・文化・学術のコンベンションの里プロジェクト」と位置づけられている。コンベンション協会では2011年の新幹線開業に向け05年度から前後3年に分けて中期計画を策定。07年度までの前半は目標値の123%増を既に達成する見込みで、後半スタートの08年度は140件、9万7000人の目標を掲げて誘致活動をヒートアップ中。
同協会によると「熊本のコンベンションの特色は医学や理工系の学術会議が多く、これは熊本大学などでキーマンとなる専門家がいるから」という。またスポーツ大会も盛んで、昨年5月には世界女性スポーツ会議が開催された。06年度の主なものでは、医学系が日本機械学会(参加者3600人)、全国介護老人福祉施設・熊本大会(4800人)、日本クリニカルパス学会(3200人)。スポーツ系では宮本武蔵小中学生剣道大会(2500人)や九州地区大学大会(7500人)などがある。 コンベンション誘致の課題では、以前は開催団体に対する助成金の上限が50万円だったのが、200万円にアップしたことによりやっと他都市と競り合えるようになったという。また宿泊証明書がなければ、助成金が支給されない制度を緩やかな形にし、主催者側が熊本でコンベンションを開きやすいようにした。「主催者はあくまでも『お客さん』であるという意識を強く持ち、我々は主催者のサポート役であることを徹底していく必要性がある」(コンベンション協会)と、サービス向上に余念がない。 新幹線対策では「熊本市の集客戦略として観光とコンベンションの二本柱があるが、観光については即効性を期待することはなかなか難しいだろう。そうなるとコンベンション活動で掘り起こし作戦を図り、熊本に来る人たちの数を増やしていくことが大切となってくる。だが現在の市内のコンベンションのキャパシティーは年間400件が限度。新幹線開業時の2011年には市全域で460件を目標にしているので、現在の施設ではカバーできないことが予測される」と、ハード面での遅れを指摘する声もある。 KANSAI戦略会議で「熊本ブランド」の確立図るそして新幹線開業で最大のターゲットと目されているのが、関西圏からの来訪者である。大阪へ乗り換えなしの新幹線が直通運行することになり、熊本−新大阪間がわずか3時間弱で結ばれる。関西圏からの来訪者が大きく伸びることが期待されている。こうした新幹線効果に対応するため熊本県では昨年11月、近畿と中国地方に狙いを定めたマーケティング展開のための「KANSAI戦略会議」を立ち上げた。戦略会議のメンバーは熊本商工会議所、経済同友会、農協、経済連、観光連盟、物産振興協会、大学関係者など15団体。オブザーバーとして旅客船協会や青年会議所も加わり、産学官協調体制で戦略を練り始めている。初回会議の後、実際に熊本の魅力をアピールするため11月末に大阪の都心と直結する地下鉄御堂筋線・千里中央駅前で「熊本県の観光と物産展」を開催。同駅は大阪の代表的ベッドタウン・千里ニュータウンの一画に当たり、モノレールやバスなどが発着し1日の乗降客が25万人にも上るターミナル駅である。通勤・通学の利用者に向け球磨焼酎や馬刺し、阿蘇の高菜漬けや辛子レンコン、太平燕やいきなり団子など盛りだくさんの特産品販売を行うなど、熊本を大いにPRした。結果、550万円の売り上げを記録し好評を得たという。 今年3月末には2回目の会議を実施。関西圏の人たちに熊本の魅力とイメージを有効的に打ち出すにはどのような方法があるか。その方向性を探るための話し合いが行われた。会議に先駆け、関西や首都圏の在住者に実施したアンケート調査では興味深い結果が出ていた。 対象は近畿、首都圏、中国、四国地方などに住む男女1827人。20〜40歳代が70%、50〜60歳代が30%という構成だった。調査項目は九州への旅行経験があるか、熊本や九州に対するイメージはどんなものか。熊本の認知度はどれくらいか、熊本に訪問する意向はあるか―など熊本の全体像を外側から浮かび上がらせる設問だった。
まずこの1年間で一泊以上の旅行をした人が73%あり、今後1年間に一泊以上の旅行をしたいと思っているのが92%と高い数値を示していた。潜在的な旅行ニーズがあることがうかがわれるものだった。旅行の目的を尋ねると「くつろぎ・慰安」がトップで67%、「温泉」が57%、「名所旧跡観光」36%、「自然とのふれあい」33%と続き、ゆっくりと温泉に入ったり名所旧跡や自然に親しむ旅を欲していることが分かった。 熊本に対するイメージでは苦い結果となった。九州の他県と比べて「雄大」や「山」「水」といったイメージは強かったが、「有名(性)」や「個性的」「興味・関心がわく」といった点では認知度が低く、熊本の持つインパクトは想像以上に弱く受け止められていた。観光地の知名度で阿蘇が90%という高い認知度を記録していたにもかかわらず、もう一度行ってみたいという「意向率」については36%と低いものに止まった。 全体的な評価として沖縄や長崎は「個性」「文化」「歴史」というイメージが強く、宮崎や佐賀は「のんびり」「田舎っぽい」。福岡は「にぎややか」「モダン」という印象だった。熊本に関しては「阿蘇」「水」「温泉」というイメージはあるが、大分と重なるものがあった。 アンケートに加えて関西在住者から直接的な意見も聴取。そこでもやはり阿蘇のイメージは強く、全国的にも阿蘇の情報が発信されていることが分かった。関西地方では15年ほど前まで熊本に修学旅行で来ていた人たちが多くいた。その人たちが現在30〜40歳代になっていることに着目し、この年齢層をターゲットに絞り込みを図りリピートさせる戦略が有効ではないか−との指摘もなされた。 また60歳を迎える団塊の世代を再雇用する企業の情報などを発信し、こうした年代の定住地として熊本をアピールしていくことも十分に可能性があるという意見があった。 戦略会議ではこうした意向調査をベースにし、今秋までに熊本の地域価値を高めるためのブランドづくりの確立と、同時に関西圏や中国地方に向けて熊本のイメージを大きくアピールしていく戦略案を提示していくことにしている。 2011年春の新幹線開業に向け、熊本県では打てる手をすべて打ち尽くすつもりだ。 | |||||||||||
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