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生理人類学から考察した
オフィスのあり方
安河内 朗氏
九州大学大学院・芸術工学研究院教授(芸術工学府長)
湿度低下でバランス崩れ仕事能率が落ちる
人類史の99%以上を狩猟採集生活で過ごしながら、現代人は科学技術文明下の人工環境の中で当たり前のように働き、生活しています。こうした人工的な作用は人間の五感が感じ取らなくても、脳波や心電図などを見れば中枢神経系や自律神経系からしっかり評価することができるのです。
現代のオフィスはどれも甲乙つけ難いほど質が良くなり、地域や環境問題を意識したさまざまな工夫がなされています。ところが、室内の空調について調べてみると意外とそうではありません。オフィス内の空調はどうしても温度調整が中心になるので、湿度調整がおろそかになります。大半のオフィスが夏に湿度が低くなっていますが、湿度が40%を切ると、心臓を支配する交感神経系に余分な緊張が見られます。
心臓の働きは、自律神経系を構成する交感神経系と副交感神経系とのバランスで保たれています。ところが、湿度が必要以上に下がることによって交感神経が優位に働いて心拍数が増え、副交感神経によるブレーキが利かなくなります。そこでは体に余分な緊張が起こるのです。2000年夏にオフィスの現場を対象に実施した私たちの調査では、部屋の湿度が40%以下になると、心電図でこのようなバランスの崩れを検出しました。
女性を中心とした冷房病や肌のかさつき、目の乾きといった問題もあり、その結果として仕事の効率や生産性に影響を与えます。こうしてみると、オフィス空間にはハードの整備や情報のソフトの蓄積はあるのですが、人間側のソフトといいますか、ケアについても問題視して対策を打っていく必要があるのではないかと思います。
日光を浴びないと深い睡眠が減少する
ところで、パソコンのプログラマーやコールセンターのような1日中室内で仕事をする人は、ほとんど日光を浴びません。日光のスペクトル構成は、いわゆる可視光のすべての波長を持っていますが、室内にある蛍光灯に目を向けると青、赤、緑の3波長しかありません。これは自然光とは明らかに異るものです。オフィスでよく使われるのは、比較的青の波長エネルギーが強い昼光色のようですね。
私たちの調査では、これは人の意識の上では感じられませんが、青の光成分が強いと脳の覚醒が高すぎて自律神経系を余分に緊張させてしまうことが分かっています。脳の覚醒が高まると、普通は仕事がはかどって能率的になるはずですが、覚醒が行きすぎると、かえって仕事の能率が落ちてくるのです。電球色に比べると昼光色のほうが、その覚醒度が高いようです。
これはオリンピックに出場した選手の緊張状態に通じるところがあります。脳の覚醒と筋肉の緊張度は密接に関係しており、脳の覚醒が必要以上に高まると筋肉の緊張も余分に高まり、体の動きがついてこなくなる。昼光色の明かりで仕事をする人は、ほぼ毎日これに似たような状態が続いていることになります。
さて仕事から帰宅した後のことを考えてみましょう。これは光と夜間の睡眠という関係を探ってみれば分かります。
人間の体内にあるメラトニンというホルモンは、昼間に日光を浴びることで抑えられていますが、夜間は光がないために、メラトニンの分泌が増え、体温が下がっていくといった2つの現象が見られます。
実験でも、昼間に日光を1時間程度浴びると、夜はその分メラトニンが増えたという報告があります。しかし、日光を浴びる時間が不足するとメラトニンが増えず、体温がうまく下がらないことが分かりました。これによって、最も深い眠りであるレベル4の状態が短くなるのが睡眠脳波から分かります。それに、寝室の昼光色の蛍光灯が睡眠に入る状態を抑制してしまうので、睡眠の質やリズムが影響され、食べ物の消化が悪くなったり翌日に体のだるさが抜けないといったケースまで出てきます。
オフィスの照明を考えた場合、ワーカーが単純な作業を繰り返すような場合はむしろ刺激的な昼光色の灯がいいのですが、集中力が必要な仕事は、やはり光がやわらかな電球色を使うほうがいいでしょう。また、個人レベルでは昼休みに散歩をしたり、建物の中に日光を取り入れる空間を作るとかいった工夫が必要です。
光は体のリズムを整える作用があり、人間にとって大切なものです。ヨーロッパでは日が射す時間が短いためにうつ病になる人が多く、光療法が生まれ世界的な研究が行われているくらいです。
人間から見たソフトがオフィスには不可欠
これまでお話しした温度と光の問題のほか、オフィスにはさまざまな問題が隠れていると考えられます。私の専門外ですが、九大の他のチームが取り組む音響、映像といった分野もそうで、オフィスの生産性と密接な関係があることは間違いないのですが、オフィス環境は一つひとつが違うので、どこに問題があるかは客観的な評価ができないというのが現状です。
これからのオフィスは対人関係や生産性に、生理学の観点を加える必要があると思います。最近はオフィスづくりにワーカーの意見を取り入れるケースが増えてきました。九州でも自分なりのリラックスの仕方を受け入れる企業が少なくありません。福岡市のソフトリサーチパークではアジアからの研修生をトレーニングするオフィスもあり、国際性も考慮に入れる必要が出てきました。
物理的ソフトとこういった人間からみたソフトの両方が、今後のオフィスづくりに欠かせなくなってくるのではないでしょうか。
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