2005年2月号115ページに掲載

ついに清酒を逆転!

ますます勢いに乗る
九州の本格焼酎

過剰ブームの中、新たな問題点も…





 ブーム真っ只中にある本格焼酎。やや落ち着きを見せ始めたとはいえ、酒類市場の中心であることに変わりなく、今後の動向に注目が集まっている。メーカー側にとってはうれしい悲鳴が続き、増産態勢を図るメーカーが続出している一方で、原料の情報開示、原料確保など問題は山積しており、将来を危ぶむ声も出始めている。今後、九州の本格焼酎はどうなっていくのか。

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本格焼酎が清酒を逆転 国民酒として幅広く定着

 現在、九州の本格焼酎はバブル真っ只中にある。数年前から徐々に火が付いた本格焼酎ブームは一昨年あたりから一挙に加速。乙類前線(乙類の消費量が甲類を上回る地域)は徐々に東上を続け、甲類市場といわれる東北、北陸、北海道へも北上を継続中だ。ブームは昨年後半あたりからやや落ち着きを見せ始めたとはいえ、まだ出荷調整を行っているメーカーも数多く、酒類市場において本格焼酎が関心の的であることに変わりない。
 日本酒造組合中央会が発表した03年年間焼酎乙類課税出荷数量の中で、九州7県の総量は38万433キロリットル。前年比15.2%増の大幅な伸びを示し、過去最高の増加率を記録。また主産地である九州地方の出荷状況を見ると、福岡国税局管内(福岡・佐賀・長崎)が38.9%増、熊本国税局管内(熊本・大分・鹿児島・宮崎)は12.9%増といずれも高い伸長率を示している。
 さらに原料別の出荷数量を見ると、依然、麦が圧倒的に多いが、前年比で見ると、サツマイモの伸び率が前年比127.5%と急伸し、逆に最も伸び率が低い米焼酎でさえ前年比108.3%とかなり伸びている。またその他の項目に入っている黒糖焼酎の伸びも見逃せない。奄美大島酒造組合によると03年度の課税出荷数量は1万232キロリットルで前年の6916キロリットルに対し147.9%とこれまでで最も高い伸びを示し、本格焼酎全体が伸びているのがよく分かる。
 そしてついに昨年7月、本格焼酎の出荷量が清酒を抜いたことが明らかになった(下グラフ)。日本政策投資銀行南九州支店(鹿児島市)が昨秋まとめたレポートによると、国税庁の本格焼酎と清酒の課税出荷数量を基に、アルコール度数を同じになるように換算して比較。季節による生産量の変化も考慮した結果ではあるものの、これまで常に清酒の格下とされていた焼酎がついにその立場を逆転したのである。同行の佐藤淳・企画調査課長は「清酒が吟醸ブームによって庶民の価格帯を飛び越え、富裕層をターゲットにした商品となったのに対し、焼酎は手ごろな価格帯が支持された。各人の価値観に応じた商品にニーズがシフトしている時代、商品そのものの味覚や品質より、背景の文化や伝統を重視するようになり、焼酎はこうした象徴ではないか」と分析する。こうした結果に、本格焼酎メーカー関係者からは「まじめに造ってきた焼酎がこのように評価されたことは大変ありがたい半面、加熱するブームにどう対応したらよいのか少々戸惑っている。いずれにしても、今後も品質の確かなものをきちんと作っていくしかない」という声が多く聞かれる。

3段階の増税で定着 健康志向の時流にも乗る

   
年表で見る本格焼酎の歴史

1975年 第1次焼酎ブーム
 ↓   さつま白波が全国的に大ヒット。
1976年 焼酎ブームの先駆けとなる
1977年 第2次焼酎ブーム
 ↓   クセがなく飲みやすい焼酎が続々と誕生
     する
1978年
1982年 第3次焼酎ブーム
     大分県産麦焼酎「いいちこ」「二階堂」が
     大ヒット
1996年 世界貿易機関(WTO)から増税の勧告を
     受ける
1997年 第1回目の増税実施
1998年 第2回目の増税実施
2000年 第3回目の増税実施
 10月  1.8リットルあたり88円66銭の引き上げ
     により、133円が価格に転嫁される
2002年 第4次焼酎ブーム
     本格焼酎がジャンルを問わず一挙に浸透
     特にイモは異常なまでのブームで、
     品薄状態が続き出荷調整するメーカーが
     続出
 現在の本格焼酎ブームは第4回目といわれている(年表参照)。過去3回がいずれも短期間で終わっていることを考えると、今回は本格焼酎がしっかりと認知され、生活に根差した酒として飲まれており、これまでとは全く異なったブームといえよう。そこで改めてこれまでの焼酎ブームについて改めて検証したい。
 第1次ブームは1975年から76年の間で、「さつま白波」の薩摩酒造が提案した焼酎6、湯4の「ロクヨンのお湯割り」が全国に浸透。これまで焼酎を飲んだことさえなかった消費者に「一体焼酎とはなんぞや」と興味を抱かせた。実際、このころに初めて焼酎を飲み、以来左党になったファンも多く、まさに現在の土台を築いたといえるだろう。「薩摩酒造さんの全国展開のおかげで焼酎が一挙に広がった。焼酎全体が注目され始めたのもこのころからで、その功績は非常に大きい」と他メーカートップも口を揃える。
 第2次ブームは77年から78年。焼酎独特の香りを抑え、飲みやすくしたものが受け入れられなった九州の地酒に過ぎなかった焼酎が一挙に全国区になったのがこの時期だ。
 次に起こったのが第3次ブーム。82年から85年にかけて、大分の麦焼酎「いいちこ」「二階堂」など口当たりがソフトで飲みやすい焼酎が大ヒット。全国の焼酎人口を飛躍的に拡大させた。
 そして今回が第4次ブームで、このブームが起きた背景にはさまざまな要因が考えられるが、本格焼酎で忘れてはならないのが増税問題だ。欧州連合(EU)などがウイスキーとほかの蒸留酒との税率格差是正を訴えたため取られた措置だが、税率引き揚げは3段階で実施された。97年、98年に続き、00年には3回目の増税が実施を迎えた各メーカーは危機感をかなり強め、手造りにこだわった高付加価値商品、クセがなく飲みやすいがしっかりとした味が残るものなどさまざまな商品を競って開発してきた。まさに火事場の馬鹿力が優れた商品を誕生させ、これが焼酎の認知度を上げるとともに、価格が上がったことによる高級感がさらなる需要を開拓したといえよう。
 さらにもう一つが健康指向の時流に乗ったことだ。テレビ、雑誌などマスコミで本格焼酎には血栓を溶かす働きがあり、毎日、適量飲むことで血液をサラサラにすることが報道されると、ワインに代わる酒として市場が一挙に拡大。当初は健康のために飲んでいた本格焼酎から味本来のおいしさに魅かれ、さらに欧米化した食生活とも合うことなどから、若い女性をも徐々に引きつけていったのである。今や本格焼酎は若い女性を中心におしゃれな飲み物としてすっかり定着した感があり、居酒屋はもちろん、スタンドバーやスナック、高級クラブにも焼酎が置かれ、焼酎の品揃えが店の売り上げを左右するまでになっている。

落ち着きを見せ始めた首都圏の焼酎事情

 ここ数年、ブームが続き活況を呈している本格焼酎業界だが、各社が増産体制を整えたことで昨年後半あたりから少しずつ落ち着きを見せ始めている。麦に始まり、ソバ、米、そしてイモ、黒糖というように一通り飲み比べた愛飲家がこれからも焼酎ファンとして残るのか。あるいは再び清酒へと向かうのか。焼酎業界関係者は注意深く見守っている。
 もともとパイが大きな首都圏では、ひとたび火が付くと瞬く間に大ヒット商品となるが、首都圏の需要拡大が一昨年あたりからのイモや黒糖メーカーの出荷調整の大きな要因といえるだろう。とはいっても新しもの好きな都会人が、本当に焼酎のうまさを分かって飲んでいるのか、それとも新しいトレンドの一つに過ぎないのかは、今後の推移を注意深く見守る必要があるが、いずれにしても着実に浸透しているのは確かなようだ。
 早くから首都圏へ進出している雲海酒造の中島美幸副社長は「当初は本格焼酎といってもなかなか店に置いてもらえず、苦労した時代もあった。もともと甲類市場なので、イモ焼酎を注文されたお客さまがにいきなり梅干しを入れられた時もあったが、さすがに今はイモに限らず原料そのものの味を楽しんでおられるようだ」と語る。また田苑酒造の堤田昌司常務は「首都圏ではお湯割りよりもほとんどロックか水割りで飲まれている。メーカーとしてお湯割りなどおいしい飲み方の提案もしているが、まだまだ時間がかかりそうだ。普通の居酒屋でお湯割りを注文すると非常に薄いお湯割りを出され、しかも1杯が700円前後と決して安くない価格がついているのは気になるが、若い女性の多くがイモを好んで飲まれていることを考えると、やはりおいしさを分かって飲まれていると思う」と分析する。
 九州では焼酎1杯が350円前後なのと比べると値段の高さに驚いてしまうが、居酒屋ばかりでない。都内の高級クラブでは人気の森伊蔵のキープが7万円というから驚きを通り越し、あきれ果ててしまう。今や首都圏の飲食店では本格焼酎は金のなる木、客を呼べる最高の商品なのである。首都圏のある居酒屋経営者は「日本酒は保存用に冷蔵庫を必要とし回転率もよくなかったが、焼酎は冷蔵庫が不要で、ただ棚に陳列しさえすればお客さまが喜ぶ。その結果、客単価は上がり、店の繁盛へつながる。本格焼酎は最も利益を生みだす商品」と力説する。
 だが、もともとヒットサイクルが短い首都圏だけに本格焼酎の「飽き」もささやかれ始めている。昨年秋に行われた首都圏のある酒類卸の展示会では、いつものように酒販店、スーパー、飲食店などの参加者が多く見られたが、参加者の多くが本格焼酎に向かうと予想されていたにもかかわらず、いざふたを開けると、焼酎よりむしろ清酒の方がにぎわい、関係者を慌てさせた。ただ陳列しているだけで、あまり代わり映えしない焼酎に対し、これまでにない危機感を持った清酒メーカーのさまざまな提案に対し興味深く聞き入っていたというのである。
 清酒メーカーは大吟醸ブームの後に来た極度の落ち込みをばん回すべく、懸命な巻き返しを図っているのだ。洗米から種つけ、発酵の管理まで全て手作業で行ったり、酒母の自然発酵に取り組むなど昔ながらの手造りを復活させる清酒メーカーも出てきており、我が世の春を謳歌する本格焼酎メーカーもうかうかしてはいられないはずだ。

設備投資か現状維持か二手に別れるメーカー

 イモ焼酎、黒糖焼酎の伸びが著しいことは先に触れた。メーカーにすれば売り上げを伸ばす絶好の機会であるが、かといって一気に伸ばせるわけではない。そこには原料の問題、生産能力など数々の問題が横たわっているからだ。九州農政局の調査によると、一昨年のサツマイモの生産数量は冷夏とメーカーの早掘りの影響で前年より5万8000トン少ない34万1000トンに落ち込んだという。そこでメーカーによるイモの取り合い、買い漁りという事態が生じ、鹿児島、宮崎のサツマイモ市場の受給バランスを一挙に崩壊させることになった。大金を抱え農家を直接訪ねるブローカーの存在までささやかれるなど大混乱を招いたのである。
 そこで昨年は各メーカーとも栽培前に農家や農協と契約を交わし、絶対量を確保するなどの対策に出た結果、一昨年ほどの混乱は防げたようだが、現状では各社20%の増産が限界という。もともと原料となるコガネセンガンは毎年、8月末から11月ぐらいにかけて収穫され、その年に栽培されたものを使用し製造するのが一般的だ。また黒糖焼酎もサトウキビの収穫に合わせ製造が始まるが、現在の設備では増産しようにも限界があり、焼酎を増産するには設備を増強するか、製造期間を延長するしか方法はない。
 そこで昨年あたりから大手メーカーを中心に各社相次いで生産能力増強に乗り出した。雲海酒造(宮崎市)は約10億円をかけて生産能力を7割増、濱田酒造(鹿児島県市来町)では24億円をかけ年間出荷量を現在比17%増にしたほか、大口酒造協業組合(同県大口市)、白金酒造(同県姶良町)、田崎酒造(同県市来町)、奄美大島にしかわ酒造(同県大島郡)などが相次ぎ工場の新設・増設に踏み切った。
 このように増産体制を整え製造期間を延長するにしても肝心の原料の不足という深刻な問題が横たわっている。各メーカーにこの問題をぶつけても「当社は国内産のイモしか使用していない」との返事しか返ってこない。現在、中国産冷凍イモ使用を明言しているのは1社だが、このメーカーも増設を機に国内産に全て切り替える予定という。全て国内産のイモにこだわるのであれば、今後メーカーは栽培農家の育成、支援などに積極的に取り組んでいかなければ、事態は一向に解決しない。
 ある業界関係者からは「各メーカーが個性をアピールするために、当社の焼酎は朝掘りの新鮮なイモを使用してますというふうにアピールしてきたことが、焼酎のイメージを高め、ブームになった半面、消費者は全ての製品がそうであるかのような錯覚に陥ってしまっている。サツマイモの生産量から見てもこれだけの量が作れるはずがなく、輸入冷凍イモを使っているのは公然の事実だが、消費者の反発が恐ろしく、どこも言い出せない雰囲気になっている。使用したならきちんと消費者に知らせることがメーカーとしての責務」と力を込める。またある関係者は「ブームゆえにイモばかりがやり玉に上げられるが、麦焼酎の原料が輸入品というのも公然の事実。トレーサビリティは業界全体で取り組まねばならない問題」と指摘する。
一方、中小メーカーは資金面、需要の先行き不安などから増産態勢を取ることに対し、あまり積極的ではないようだ。鹿児島のあるメーカートップは「ブームはありがたいが、あくまでブーム。いつまで続くか分からないのに、設備を増やすのはリスクが大きすぎる。地元産にこだわりあくまで身の丈に合った経営をやっていく」と慎重な姿勢を崩さない。

焼酎ブームの継続には避けられぬ表示問題

 このようにトレーサビリティ(原産地表示)の問題は業界全体が早急に取り組まねばならない最重要課題であるが、昨年からこの問題への取り組みが始まっているところもある。
 昨年、知覧、指宿など16社のメーカーが原料に鹿児島県産サツマイモと水を使用、「南薩摩・本格いも焼酎」と認定する組合の認証マークをラベルに添付し始めた。また鹿児島県が認定する原料の品質保証「Eマーク」取得の動きも広がっている。「ふるさと認証食品」として鹿児島県が認定したメーカーは10社にのぼり、焼酎を選ぶ際の基準となるのは確かだ。薩摩酒造ではすでに全商品がEマークの認証を受けており、各社ともこの認証取得の動きが活発化している。また小正醸造ではラベルにイモの栽培農家の名前を入れたところ、消費者からの問い合わせが相次いだという。それだけ消費者の関心の高さをうかがわせるエピソードである。
 日本政策投資銀行南九州支店の佐藤企画調査課長は自らのレポートの中で「本格焼酎の品質を上げるには、古酒のウエイトを増やすしかなく、それには時間がかかる。持続的イノベーションを加速する術がないのである。従って、そこで転ぶ可能性は低い。少し心配なのは日本酒の普通酒のように信頼を失うことである。例えば中国製の焼酎を表示せずに混入することがあれば、消費者の本物志向や信頼を損なう。十分に気をつける必要があるだろう」と警鐘を鳴らす。いずれにしても、今後も注意深くこの問題を見守っていきたい。
 以下、「焼酎アイランド九州」の各社の取り組みを紹介する。

「Eマーク」を全商品が認証 トップメーカーとしての面目躍如

Eマーク
都道府県が認証した特産品に対する共通のマーク。鹿児島県では(1)伝統的な製造方法(2)地域原材料の使用(3)一定の品質―などの基準を設定、適合したものを「ふるさと認証食品」として認証。初年度の昨年、鹿児島県産サツマイモを使用しているとして、イモ焼酎で認証されたのは次の10社。薩摩酒造、白金酒造、吹上酒造、田苑酒造、若潮酒造協業組合、小鹿酒造協業組合、塩田酒造、種子島酒造、四元酒造、上妻酒造。
南薩摩マーク
鹿児島県薩摩半島の知覧、指宿の両税務署管内のイモ焼酎メーカー16社が一昨年11月、鹿児島県産サツマイモを使用していることを示す認証マーク「南薩摩・本格イモ焼酎」を作成、商品に添付して出荷している。知覧醸造組合の9社11工場、指宿酒造組合の8社8工場で「米麹またはイモ麹と鹿児島県産のサツマイモ、県内の水を使用して発酵させたもろみを南薩摩で単式蒸留器で蒸留、容器詰めしたもの」を認証している。
 薩摩酒造(鹿児島県枕崎市、本坊松美社長)は鹿児島最大の焼酎メーカーで、同社の「さつま白波」といえばイモ焼酎の代名詞となっているポピュラー商品だ。レギュラー商品としては驚異的なロングセラーを続け、今なお根強い人気を持っているが、ほかにも海洋深層水と海洋酵母を使用したイモ焼酎「我は海の子」、麦焼酎「神の河」、米焼酎「白鯨」などジャンルを問わず幅広い商品群を揃えている。
 枕崎市にある「明治蔵」では明治時代に建てられた石蔵で昔ながらの焼酎造りが見学できるほか、ベニハヤト、ベニサツマなど5種類のサツマイモを使って造られた焼酎や別の工場で造った銘柄も試飲できるようになっている。また敷地内の花渡川ビアハウスにはイモで作ったビールもあり、訪れた観光客を喜ばせている。
 同社はトレーサビリティにも積極的に取り組んでおり、県の認証「Eマーク」を全商品が認証を受けた。この問題には積極的に取り組む姿勢を見せており、トップメーカーのこうした姿勢は高く評価されている。

伝統と独創的な技術が融合し新たな焼酎文化を創造

 明治からの伝統技術を基本としながら、焼酎にクラシック音楽を聴かせるなど独創的な発想や最新鋭の科学を加えた焼酎造りを行う田苑酒造(鹿児島県薩摩川内市、有川徹社長)。江戸時代の古い酒蔵をそのまま使った資料館には当時の道具や文献が展示され訪れた人々を楽しませ、酒蔵で開かれるコンサートはクラシックファンを魅了している。
 同社の特徴は1次仕込みタンクに音楽振動装置「トランスデューサー」を取り付けていることだ。そこから流れるクラシック波動は1次もろみの発酵を促し、味をまろやかにするという。主力商品「田苑麦」「田苑芋」「田苑米」はそれぞれ根強いファンを獲得しているが、なかでも02年に発売した「田苑黒」は注文に生産が追い付かず、出荷制限が続いているほどだ。有川社長は「あくまで基本は品質本位。ブームとはいえ決して無理はせず、しっかりとした商品を造リ続けていきたい」と抱負を語っている。

焼酎の精神、価値、文化を発信するエンターテインメントを

 2005年は、濱田酒造(串木野市)にとって「創業(明治元年)以来の一大挑戦の年。社史に残る1年になる」(濱田雄一郎社長)。
 4月からは本社工場の隣接地に新工場が稼働。焼酎の年間製造量をこれまでより2500キロリットル引き上げ、1万7500キロリットルとする。サントリーとの業務提携(03年)も含め、真っ赤なボトルが印象的なイモ焼酎「海童」などが成長していることに即応して生産ラインを強化。麦・米焼酎にも対応していく。
 4月23日には、本格焼酎をテーマに据えた観光施設「薩摩金山蔵」(串木野市)をオープンする運びだ。03年に閉鎖した「ゴールドパーク串木野」をリニューアル再生させる展開で、金山の地下坑道跡(延長約1キロ)を使って焼酎仕込蔵を見学したり、地上では鉱泉水を利用した温浴も楽しめる。物販、飲食店も併設して初年度に10万人の入場者数を見込む。
 濱田社長の狙いは「スピリチュアル・エンターテインメント。焼酎(spirits)固有の精神(spirit)や価値、文化、歴史を発信する」ことにある。江戸期に薩摩藩の財政を支えたのは串木野の金だが、平成期の鹿児島県では、本格焼酎という“金”が、「観光のゴールドラッシュ」を呼び込みつつある。

新鮮なイモを使い間を置かずに処理

「謙虚さを失わず、品質保持に最大の努力を」
九州本格焼酎協議会会長
本坊喜一郎

 ここ数年、本格焼酎の2桁成長が続いているが、各メーカーはブームに思い上がることなく地道に需要振興に取り組み、先行きを考えた対応を心掛けてほしい。特にイモの場合、需要が急激に増えており、何があっても品質だけはきちんとしたものを造ってほしい、という要望をメーカー各社に強くお願いしている。それが消費者の信頼に応え、これからの業界を支えることになるからだ。一部商品には偽物が登場するなど、異常と思える状況も見られるが、メーカーは決して惑うことなく、本流を歩んでいただいていると確信している。
 トレーサビリティについては各メーカーの判断にゆだねる部分が多いが、沖縄の泡盛、壱岐の麦焼酎、人吉の球磨焼酎などのように「地理的産地表示」されていることは非常に重要なことである。海外産焼酎が続々と入り、逆に国産焼酎が輸出されようとしている時代、トレーサビリティは避けて通れない問題である。これについては全国的な課題として中央でも取り組んでおり、いずれ発表されるものと思う。
 鹿児島県においては地域特産品に県が与えるEマークを制定。各社がEマーク入りの製品を次々に発売し始めている。また知覧、指宿のメーカーが地元産原料を使用して造ったという独自の表示も新たな取り組みである。一部に海外産の冷凍イモの使用が取り上げられているが、Eマークの推進が問題を解決すると思う。
 原料のサツマイモについては、県はもちろん、農協、生産農家などとの連携を密にしサツマイモの品質向上、増産運動に取り組んでいる。焼酎づくりは鹿児島県の基幹産業であり、大事に育てていきたいと考えている。
 本坊酒造(鹿児島市、本坊修社長)は1872年創業の総合酒類メーカー。南薩摩産コガネセンガンを原料とした「桜島」「黒麹仕立て桜島」をはじめ樫樽貯蔵酒を霧島山系の天然水で割った「石の蔵から」、麦焼酎「ひとひろ」「桜岳」のほか、無添加梅酒などを製造販売している。同社の鹿児島工場と同じ敷地内にある貴師蔵は「匠の技は貴し」という考えから命名された手造り焼酎蔵で、その名の通り麹作りから仕込み作業まで手造り、1次、2次ともカメ仕込みするなど昔ながらの伝統製法で焼酎が造られている。ここで誕生するのが同名の「貴匠蔵」だ。
 同社の特徴は新鮮なコガネセンガンを使用することにある。イモは元来、麦、米などと違い保存がしにくく痛みやすいため、いかに新鮮なイモを使用するかが焼酎造りのカギを握っているという。知覧工場では南薩摩にある300軒の農家と契約し、その農家から運ばれたコガネセンガンをその日のうちに処理する。また常圧蒸留機は1基1000リットルまでと、あくまで小型にこだわっている。

熊本発のイモ焼酎が、一気に清酒酒蔵の主力商品に成長

 熊本県三加和町の花の香酒造は、もともと清酒メーカーとして創業。1980年代から焼酎も手掛けたが、この焼酎が急激に力をつけ、いまでは「売上高の9割近くをカバーする主力商品にのし上がった」(神田雄允社長)。
 原材料では米や麦なども試してみたが、「鹿児島県だけでなく熊本県発のイモ焼酎があってもいいのでは」とチャレンジした。熊本県産の食用サツマイモ(高系14号)と熊本県工業技術センターが開発した新酵母を使って、同センターと共同でイモ焼酎を完成。同酒造創業者の神田茂作の名を取って「茂作」、黒麹仕込みで、「肥後の芋娘」とのネーミングで発売したところ東京、大阪で絶大な支持を得た。
 素朴な筆文字とシンプルなボトルデザインから、暖かみが伝わってくる。また通常の焼酎造りやでんぷん採取で使われるサツマイモではなく、食用サツマイモを使用しているため、スイートなフレーバーもいっそう際立つ。
 これは、一連の焼酎ブームに「乗った」のではなく、「仕掛けた」戦略とみるべきだろう。もともと米焼酎が主力だった熊本県の焼酎業界に、清酒蔵から新種のイモ焼酎が発信された。果たして05年9月期は設備投資に乗り出し、「売上高倍増」までが視野にある。

新工場を建設し増産体制を確立

 大口酒造協業組合(鹿児島県大口市、上田和城代表理事)は地元のメーカー11社が集まって設立された協業組合。製造するのはイモ焼酎のみで県内2位の移出量となっている。代表ブランドの「伊佐錦」をはじめ黒麹を使った「黒伊佐錦」、ほかにも菱刈町にある菱刈金山にちなんだ「金山」、鹿児島県工業技術センターと同組合が共同で抽出に成功した新酵母を使用して生み出された「伊佐舞」など多彩な商品群を揃えている。特に「黒伊佐錦」は黒麹の先駆け商品で、鹿児島県内をはじめそのブランド力を十分発揮している。
 同社は昨年秋、同県菱刈町に新工場を建設。完成後はこれまでの約1.5倍の生産が可能になったという。完成後は生産の全てを新工場で行う予定だったが、現在は両方が稼働している状況だ。上田代表理事は「出荷調整が続き、首都圏のエンドユーザーや卸の方々には大変ご迷惑をおかけしている状況で心苦しいが、今後もおいしい焼酎造りに励みたい」と話している。

手造りかめ仕込みの「師魂蔵」500年の焼酎文化を守る

焼酎ブームを和酒ブームに
日本政策投資銀行南九州支店企画調査課長 佐藤淳

 本格焼酎(乙類)が清酒を逆転した。昨年の7月である。もっとも、アルコール換算や季節調整を施した実質ベースであるが。清酒は純米酒を除き減少が顕著である。多くは醸造アルコールが添加されており、本物志向に適わなかったことが清酒衰退の一因とされる。
 一方、醸造アルコールが混じっているなら、本格焼酎を飲もうか、というわけでもないだろうが、焼酎ブームはバブルに近い状態で、反発する向きもないではない。
 その背景には供給不足の解消を輸入冷凍イモで対応しつつ情報開示が遅れている現状がある。さらには中国製焼酎の混入すら噂されている。事実であれば、消費者の信頼を著しく損なう。 
 需給が逼迫するなかでは、トレーサビリティ(生産履歴開示)に対応する余裕はない。少しばかりの需要減退は寧ろ業界にプラスであろう。焼酎粕への対応もリミットが迫っている。あまりにも加熱した04年にかわり、05年は、これら本質的な問題に向き合う年となる。
 もっとも長期的には成長が期待できる。データを分析すると本格焼酎は南から甲類焼酎地域を浸食してきたことがわかる。本格焼酎前線の北上である。前線はようやく首都圏にかかってきたところであり、依然北半分のマーケットが残る。
 清酒と本格焼酎も共存共栄できる。焼酎ブームはスローフードの流れで、清酒を合わせた和酒ブームのイントロの可能性も高い。芋焼酎のように農業と結んだ地域自立を期待しよう。地方の時代は和酒ブームからである。
 小正醸造(鹿児島市、小正芳史社長)は鹿児島県日置にある島津家の祭神、八幡神社のお神酒造りから始まり、酒造り110余年の歴史を持つメーカー。主力商品はコガネセンガンと天然地下水で造った「さつま小鶴」、黒麹で仕上げた「小鶴くろ」をはじめ「蔵の師魂」「眞酒」「竹山源酔」、さらに米焼酎「メローコヅル」など多彩なラインナップを揃えている。
 99年に開設した「師魂蔵」では居ながらにして焼酎造りの全工程を見ることができる。ずらりと並んだ「一次もろみのかめ壷」の中では酵母菌が米麹を溶かし豊かな香りを放ち、「イモ蒸し釜」「二次もろみのカメ壷」さらに木樽蒸留器では限りなくやわらかい蒸気でもろみを温め、竹筒の先から垂れ落ちる誕生したばかりの芳醇な新酒は、検定ガメを経て地下の貯蔵ガメへと移され熟成に入る。杜氏薗田一幸氏により、その時々の原料の見分け方、天候の予測、気温の変化、微生物の気持ち、働き、酒質等、若い蔵人に焼酎造りの神髄を体感し、伝承続けている。先進の焼酎造りの魂の宿る「師魂蔵」は、500年に渡る鹿児島の焼酎文化を守り続けている。ここで造られるイモ焼酎「蔵の師魂」は金峰町産の新米コシヒカリ、個人農場と契約した有機栽栽培によるコガネセンガンを黒麹で仕込み、仕込み水には熊野神社の地下水を、酵母には同社に伝わる「小正酵母」を使う徹底ぶりだ。

レギュラー商品を大切に「白金乃露」に注力

 白金酒造(鹿児島県姶良町)は創業1869(明治2)年の歴史を誇る蔵元だ。同社の代表銘柄は話している。「白金乃露」が圧倒的に有名で、また「石蔵」は錦江湾に面した同社の石蔵で造られ、全て手造りにこだわった逸品だ。02年には俳優で画家の片岡鶴太郎氏が描いた絵をラベルに採用した「龍神蔵」と「鶴日和」を発売。地元のコンビニ「サンクス」で販売されるなど好調な売り上げを見せている。また石蔵の2階ではイモ焼酎の試飲やビデオによる焼酎造りなどが観賞でき、訪れた焼酎ファンを喜ばせている。
 同社は昨年、同社のすぐ近くに新工場を建設。現在の生産量の約1.5倍の生産を可能にした。またEマークも取得。竹之内雄作専務は「焼酎はもともと地域文化で地産地消のもの。地元産の原料とおいしい水で仕込んだ焼酎は本当においしい。長年レギュラー商品として親しまれている『白金乃露』を大事に育てていきたい」と意気込みを話している。

地元産コガネセンガンが醸し出す味わい深くコクのある風味

 鹿児島県薩摩半島南部にある知覧町は薩摩藩士の武家屋敷が有名で、茶の産地としても知られる。また太平洋戦争中は陸軍特攻基地があり、多くの若者が出撃していったことから、知覧特攻平和会館には毎年多くの人が訪れている。
 知覧醸造(森正木社長)の主力商品は「知覧武家屋敷」。また映画「ホタル」にちなんで発売した「ホタル」も人気が出始めているという。この商品のデザインは「特攻の母」と言われた鳥濱トメさんの孫である鳥濱久氏のデザインによるものだ。同社の焼酎は温暖な気候で育った地元産コガネセンガンを原料に、サツマイモ本来の甘味と風味を大事に仕上げたものだ。また昨年秋に開業した新幹線鹿児島中央駅地下にある「焼酎維新館」にも置かれているため、土産として買われる観光客が増え、最近は首都圏からの注文が増えてきているという。森社長は「小さな蔵なので、決して無理はせず、あくまで地元産の原料にこだわりながらいい製品を提供したい」と話している。

開聞岳の地下天然水を使用 出荷量が大幅にアップ

 鹿児島市の岩崎産業が経営母体である白露酒造(岩崎芳太郎社長)。焼酎工場がある鹿児島県揖宿郡山川町は本土最南端の佐多岬や太平洋に浮かぶ竹島、硫黄島などが一望できるこの地は、おいしい水でも知られる。
昨年9月、鹿児島中央駅「アミュプラザ鹿児島」地下にオープンした「焼酎維新館」
 主要銘柄は「白露」「白露黒」「岩いずみ」「麻友子スイート」「麻友子ドライ」などがあり、いずれも地元の農家が栽培したコガネセンガンを原料とし、水は開聞山麓地下数百メートルから湧き出る天然水を仕込み水として使用している。なかでも「麻友子スイート」「麻友子ドライ」は女性を意識して造った焼酎というだけに、しゃれたボトルデザインに加え、蒸留は減圧蒸留で行い、イモの臭いを抑えマイルドで飲みやすくしている。また「匠の華」はサツマイモの表層部を丁寧に取り除き、真ん中の旨味成分だけで醸造したまさにこだわりの逸品。
 白露酒造はここ数年、飛躍的に売り上げを伸ばしているという。首都圏からの引き合いが特に多く、一昨年に続き前年比30%以上の伸び率を記録している状況だ。

使ったサツマイモのルーツ伝説と「観光立市」宣言に向けて

下戸から始まる「イモ焼酎道」私的に極めたい2つのぜいたく
フリーランスアナウンサー
川辺梨果さん

 実は、鹿児島県にいながらイモ焼酎はおろかアルコール類はまったく受け付けなかったんですが、友人たちの誘いがあって「それなら」とたしなむようになりました。ウイスキー、ワイン、日本酒と飲みついできて、結局、焼酎に行き着きました。飲めないと思っていたのが結構、イケる体質だったんですね。
 ホテルのレセプションなどで司会など務めることが多いのですが、それまでは会場の方がビールで乾杯して、イモ焼酎に移られるのをただ、横でしらふで見ているだけだったのが、イモ焼酎のグラスを手にすると、コミュニケーションの輪が広がりました。仕事のオン、オフ含めて、お付き合いする方々の新鮮な一面も見えてきたりして、人関関係に深みが増した感じです。いまでは「下戸から始まった『イモ焼酎道』」を歩むつもりでいますが、ここで個人的に凝っているものと、目指していることがあります。
 それは「コーヒー割りイモ焼酎」。ちょうど水出しコーヒーをいれる要領で、コーヒー豆と冷水でイモ焼酎を割っていきます。市内のあるお店で、これを出してくれるのですが、おでんでもさつま揚げにも実によくマッチするんです。もう1つは10年、20 年と長期貯蔵の逸品を楽しむこと。「利右衛門」には、ただ、時間と技をかけながら、じっくり熟成していく品があるとかで、私自身も「焼酎道」を極めながら、将来、その極上の味わいを楽しめる日を待ちたいと思うのです。
 指宿酒造協業組合(指宿市、湯通堂保代表理事)は1987年、明治時代創業の焼酎メーカー5社が合併してスタート。「あくまで、地場の歴史と文化、自然に根差したブランド作りに専念している」(南荒生専務理事)。
 サツマイモのルーツは指宿エリアの山川町にあり、1705(宝永2)年、同町で漁夫をしていた前田利右衛門が琉球国に渡り、同国のイモを島津藩に持ち帰ったのが始まり。江戸時代には3回の大飢きんが全国を襲い、数多くの犠牲者が出た中で、薩摩藩では餓死者がなかったのは、このイモ(サツマイモ)のおかげといわれている。利右衛門は郷土存亡の危機を救ったわけで、徳光神社(山川町、通称カライモ神社)では、その遺徳をたたえてサツマイモの収穫期(10月)に「からいも祭り」を開催する。
 こうしたエピソードにちなんで、指宿酒造が提案する「利右衛門」は「ほのかな香りと、まろやかな味わい」が全国的に女性ファンを魅了。指宿市も古名に「湯豊宿」とうたわれ、市内に818の泉源を誇る中、“観光立市”を目指しているが、同市を訪れた客の口コミからも同ブランドの評判は広がっている。

ふくよかな香りとまろやかなコクを持つ本格麦焼酎

 大麦と米麹を主原料に、中国から伝わった蒸留方法を生かし、壱岐独特の焼酎を生み出した玄界灘のロマンの島・壱岐では、16世紀ころにはもう焼酎づくりが始められたとされており、「麦焼酎発祥の地」と言われている。
 この壱岐で、酒造免許を取得した1900年より以前から自家醸造をしていた古い歴史を持ち、また1960年からいち早く樫樽貯蔵に取り組んできたのが、壱岐を代表する本格焼酎メーカーの玄海酒造(山内賢明社長)である。
 むぎ焼酎「壱岐」は、壱岐で一番高い山・岳ノ辻の伏流水と厳選された原料、それに長年培われてきた醸造技術を駆使して造り上げられた本格焼酎。米麹3分の1と大麦3分の2を順次仕込み、その後蒸留による留出成分の中で、本垂(ほんだれ)と呼ばれる品質的にも安定し、香味の優れている部分を採って調熟し、最短でも3年以上、長くは12年も熟成を重ねた原酒を調合している。
 こうしたことから、ふくよかな香りとまろやかなコクを持つ奥行きの広い本格焼酎が生み出され、また米麹を使用する事によって天然の甘みが自然と醸成、甘味料は一切使われていない。同社の本格焼酎は、各種品評会での上位入選の常連でもあり、九州にとどまらず全国にもそのファンが多い。

問われているのは「戦略性」焼酎のある生活シーンを提案

 西吉田酒造(福岡県筑後市)の吉田元彦専務は、九州の地場焼酎メーカーは、規模の大小や原材料の種別に関わらず、「蔵元独自の存在感を主張して、自社ブランドの品質、価格ともにブレさせず、適正な取り引きができている点に本格焼酎の強さがある」という。
 特に同酒造は福岡内に9つある焼酎メーカーの中でも唯一、本格焼酎に特化して麦焼酎を中心に米、ソバ、ニンジンなどさまざまな原材料からの焼酎造りに挑戦して、本格焼酎の可能性と成長性を広げている。
 麦焼酎「つくし」は2タイプ。白ラベルでは、減圧蒸留で軽快な飲み口を、黒ラベルでは、常圧蒸留で重厚な味わいを演出している。どちらも黒麹で仕込み、5年以上熟成した原酒をブレンドしている。江崎利吉杜氏と柿添孝ブレンダーの「熟練の技と勘」が息づく仕上がりだ。
 「釈云麦(じゃくうんばく)」では、「完全無ろ化」に挑戦。麦ならではの風味と香りを引き出して、奥深い味わいの世界を約束する。
 すでに焼酎は一過性のブームではなく、永続的なトレンドになりつつある、と思われるが同酒造では「だからこそ、戦略性が問われる」とにらむ。ホテルやレストラン、居酒屋などで焼酎が「当たり前の飲み物」になったいま、さらに日常の生活シーンにどう切り込んでいくのか。例えば家族のだんらんや友人の集まり、また、新春の料理などで、西吉田酒造が進める「焼酎のある生活シーンの“提案”」は多面的、多層的な広がりを見せているところだ。

本質化する競合に、一目見て一口飲んで「一生モノ」の一品

 全酒類の中で本格焼酎の位置が揺るぎない存在になったいま、老松酒造(大分県日田市)では「これからが、本質的な競合に入る」(森山保徳社長)と気を引き締めている。  
 特に麦焼酎は1980年代から東京、大阪など大都市圏を攻略。原材料別に見ても、焼酎全体の50%強の割合を占める。コメ、イモなどほかの原材料による本格焼酎に比べ、早期から競争にさらされ、市場も成熟してきた。それだけに「新しい刺激が要求される」競争力もつき、文字通り「国民酒」となったからこそ、日々の生活に根差した“習慣酒”としての、し好品にまで成長できるか、大きな岐路に立っている、と見るのだ。
 そのブレークスルー(突破口)は「一目見て、一口飲んで一生モノとなるくらいの、ボトルデザインと味わい」。都市圏のレストランやバーなどで強烈な個性と魅力を発信し続ける「閻魔(えんま)」は厳選した原材料のみで仕込んだ麦焼酎で、古い酒蔵の奥深くに秘蔵していた逸品。
 毒のきいたネーミングと真っ赤なデザインとは対称的に、一度、封を切ると、洋ナシを思わせるフルーティーな香りが漂い、まろやかな飲み口は、地獄の閻魔大王様よりも、むしろ天国の阿弥陀如来(あみだにょらい)をイメージさせる。本質化する競合と成熟化した市場に、強烈なインパクトを与える一品に間違いない。

焼酎原料の“本命”は麦 大都会で女性ファンを獲得

なぜ、壱岐市は「麦焼酎発祥の地」と呼ばれるのか

 博多港から海上を70キロ余り北西に上り、玄界灘に浮かぶ壱岐島(壱岐市)は『魏志倭人伝』(3世紀に、中国で成立)に「また南に海を渡る千里国、一支国に至る」とうたわれるとおり、古来、アジア大陸と日本の通商・交易の中継地として栄えた。また、長崎県有数の穀倉地帯(いまでは諫早地方についで2番目に大きい)をもち、麦や米が2毛作で取れる。  江戸幕府による藩政時代、壱岐島は松浦藩に属したが、同藩は甘藷(かんしょ)よりも高価な麦を年貢として奨励し、課税も厳しかったために、おのずと壱岐島民はたくさん収穫された麦の一部を自家用にストックする習慣がついた。ここにアジア大陸から蒸留法(蒸留器)が伝えられ、 16世紀ころからは、壱岐島民は日本ではじめて自家用麦から自家用酒(麦焼酎)を造るようになった、といわれる。
 さらに18世紀末には、島内の酒蔵には、刃傷の治療など医療用に麦焼酎が常備されていた、とも。明治時代に入ってからは酒税法の改正などで、焼酎製造が免許制となったことから、自家用酒から営業用酒としての焼酎製造が始まった。
 特に、1995年には壱岐の焼酎がWTO(世界貿易機関)から「地理的表示の産地指定」を受けた。世界ではボルドーのワイン、コニャックのブランデー、スコッチのウイスキーなどに同指定があるが、これで約400年の歴史と文化をもつ壱岐市の麦焼酎が国際ブランドとして認知されたことになる。
 1984年、壱岐島内で6つの焼酎メーカーが「壱岐を代表する麦焼酎を作る」ために合併したのが壱岐焼酎協業組合(壱岐市)。
 6メーカーは、それまでの自社ブランドを廃して、一般公募で「壱岐っ娘(こ)」に統一した。洗練され透明感あふれるラベルデザインは、同市が生んだ世界級イラストレーター、長岡秀星氏(国際イラストレーション展優秀賞など受賞多数)が「破格の条件で受けた」と聞く。
 篠崎修理事長は「本格焼酎にマッチする原料は麦」と強調する。大麦3分の2、米3分の1バランスで醸造する酒は「上品な香りと味わいが保たれ、飲み口すっきり、酔いざめさわやか」。麦の風味と米麹のうまみが調和した銘酒となる。深江田原では麦と米とを2毛作で収穫し、湯岳本村触の地下130メートルの玄武岩層からは、「天然ろ過」の自然水が取れる。
 野生のナデシコ、ニチニチソウから分離した花酵母を使った麦焼酎「なでしこ」「玉娘」は原田知征杜氏の自信作。花酵母を使用するメーカー(焼酎・清酒)は全国で34社あるが、花酵母仕込み本格焼酎は本邦初。ほんのりはなやかな香りが女性のハートを射止める。
 焼酎以外にリキュールも手掛けるが、ビタミンCが豊富な天然ゆず果汁を使った「ユズリキュール」が都市圏中心に、ヘルシードリンクとして熱い支持を集めている。

福岡での認知度がアップ 本格的な増産体制に着手

 創業1903(明治36)年。100年を超える歴史を持ち、球磨焼酎を代表する蔵元の一つ繊月酒造(熊本県人吉市、堤正博社長)は、昨年4月に社名をこれまでの「峰の露酒造」から「繊月酒造」へ改め、次代への新たな飛躍を誓っている。
 同社が製造しているのは米焼酎のみで、主力商品の「繊月」、樫樽貯蔵の「たる繊月」をはじめ世界的な食品コンクールのモンドセレクションで金賞を受賞した「霧の魔法」、菊鹿町の合鴨農法で栽培された米を使った「さきもり」など多くの商品を提供している。
 同社の米焼酎は福岡地区や首都圏で着実に需要を伸ばしており、その需要に対応すべく、2年後の本格的な設備増強を計画しているが、今年はとりあえず製造工程の見直しなどを行い20%の増産体制を図る予定だ。現在同社の工場には年間約6万人の観光客が訪れにぎわいを見せているが、堤社長は「今後は焼酎蔵へ作り替え、人吉観光のスポットとしたい」と張り切っている。また少々増えすぎたアイテム数を絞り込み、主力商品に注力する考えを示している。

“効用”多彩な「桑」を焼酎のろ過に応用して

 やまと酒造(佐賀県大和町)では「ろ過技術を磨くことで、焼酎の世界に奥行きを与えている」(北島恭一社長)。竹炭ろ過の麦焼酎「竹伝説」では、孟宗竹を焼いて集めた灰を焼酎製造の最終工程のろ過に加えることで、すっきりさわやかな味わいを実現したが、さらに「桑炭」ろ過を導入した。
 桑の代表的な利用法は、カイコの飼料とする養蚕。カイコは脱皮を繰り返しながら、まゆを作り、さなぎになるが、このまゆから取れる絹(シルク)が織物や服装品の原材料になる。つややかな光沢があり、丈夫で長もちするため、古今東西、高級繊維として珍重されてきた。
 また、野イチゴのような実はジューシーでほの甘く、その葉からは桑茶も取れて、樹皮の繊維は紙の原材料となる。佐賀県下でも養蚕業が盛んだったこともあり、これほど“効用”が豊かな「桑炭」を焼酎のろ過で試してみると、その飲み口は「まさに、シルキータッチ」。織りたての絹のように、なめらかな舌触りで、のど越しまろやか、やわらかな酔い心地が約束される。
 やまと酒造では2つのデザインボトルを用意。米焼酎「九○」では、骨太の文字でシンプルでストレートな印象を、麦焼酎「久和」では薄墨の毛筆で、ふんわりとはなやいだイメージを訴求しており、永遠の輝きを放つシルク同様、強く存在感をアピールして愛飲される2品になる出来栄えだ。

高度な発酵技術生かしたこだわりの焼酎造り

 佐賀県鹿島市浜町は、蔵造りの古いたたずまいで、近年観光スポットとして静かなブームを呼んでいる。この地で昔ながらの白壁土蔵の中、ただひたすらおいしい酒造りに専念してきたのが、創業元禄元年(1685)という歴史を持つ光武酒造場である。
 清酒メーカーとしてその名が広く知れ渡っているが、「7年ほど前から、清酒造りで長年培ってきた高度な発酵技術を生かし、焼酎も造り始めた」(光武博之社長)。おいしい酒造りへのこだわり、取り組みは焼酎でも同様であり、それが焼酎ファンにもすぐに理解され、「造り始めて以来、米・麦・芋など、いずれの原料の商品も順調に伸びている」状況である。
 例えば、芋の甘みと深みをそのまま出すため、蒸留にこだわり、「黒麹仕込み」、「荒ごしろ過」の方法をとった本格焼酎「魔界への誘い」は、コクと甘み、それにまろやかな味わい、心地よい芋の香りがうけて、首都圏などでも人気商品となっている。「今後も独自性のある焼酎を打ち出していきたい」とこだわりの姿勢に変わりはない。

繊細な味わいと豊かな香りの胡麻祥酎

 「小鳥のさえずり、木々の香りに包まれて、清澄な水で心を込めて酒造りをしている。おいしい酒は、自然と調和した中でこそ生まれるのでは」(紅乙女酒造・林田博隆副社長)と話すように、胡麻祥酎「紅乙女」の故郷・福岡県田主丸町は、北にわが国有数の大河である筑後川。南に山紫水明の耳納連山を頂く、豊かな自然に満ちあふれた地である。
 この酒造りに恵まれた環境の中で、現社長の林田春野さんがウイスキーやブランデーに並ぶ、世界に通用する味と香りを持つ蒸留酒の焼酎をと試行錯誤を重ね、納得いく香りと味を求めてたどり着いたのが胡麻祥酎。自信作が生まれるまでに7年の歳月を費やした。
 胡麻は世界各地で愛用され、健康の源でもある。胡麻祥酎「紅乙女」の繊細な味わいと豊かな香りは女性の感性から生まれたものであり、麦・米で醸す良さに、さまざまな栄養素を含有する胡麻を加えたことで、体にも優しい焼酎となった。
 「“酒と友人は古いほどいい”ということわざがあるように、蒸留酒も3年以上貯蔵・熟成させることで、ますますまろやかで味わい深いものとなる。胡麻祥酎『紅乙女』、麦焼酎『時の超越』、米焼酎『田主丸』といった、原料や貯蔵期間の個性を持った焼酎それぞれの味わいを楽しんでいただきたい」と同社が基本に据える“喜びの酒”が、さらにさまざまな面から堪能できる。

米・水・造り、ふるさとを思う心にこだわった本格焼酎

 「『白水』はふるさとを愛する焼酎。日本人の食の糧である米にこだわり、発祥の水源にこだわり、飲む人のふるさとを思う心にこだわっている」(メルシャン・長崎浩三九州支社長)と話す通り、ひとたび口に含むと、思わずふるさとを想起するような本格焼酎である。そしてそれはさまざまな面での徹底したこだわりに起因している。
 魚沼産こしひかり、宮城産ひとめぼれ、秋田産あきたこまちといった高級銘柄米をはじめとして、米も麦も厳選した素材を使用。焼酎の約7割を占める水は、日本銘水百選の1つとしても有名な阿蘇・白川水源のわき水を、毎朝明け方採って割り水として使用している。
 さらに造りにもこだわり、極上の酵母を使って生まれたのが、こめ白水【華(はな)酵母】、むぎ白水【蔵(くら)酵母】である。長年育み続けてきた技術の結晶であるオリジナル酵母を使い、従来の白水原酒に、「初留(ハナタレ)」と呼ばれる最初に出てくる香り豊かな原酒を加え、ぜいたくな香りと厚みのある味わいが楽しめる、プレミアムな本格焼酎として仕上げた。「絶対の自信作」で、ますます白水ファンを増やしていく。

独自技術によりそば原料100%を実現

 これまで酒類各分野で数々のヒット商品を生み出し、酒類総合メーカーとして独創性ある商品で新たな価値を創造してきた宝酒造が、今回また新価値の2つの本格焼酎を誕生させた。
 そば焼酎「十割(とわり)」〜そば全量〜、そしてしそ焼酎「若紫ノ君」で、「十割」は独自技術(特許出願中)により開発した“そば麹”を使用した、そば原料100%の本格焼酎。そばは、種皮が硬く、蒸すと粘性が現れるため、麹菌が付着しにくい上、菌糸も育成しにくく、“そば麹”の製造は困難とされてきた。したがって一般的なそば焼酎は、米麹や麦麹を使用している。「十割」は、「そば原料100%のそば焼酎」なので、そば本来の爽やかな香りとほのかな甘みのある味わいを実現させている。
 同じく独自技術によって実現したのが、今までにないしその香りの高さにこだわったしそ焼酎「若紫ノ君」。独自に開発したしその葉の加工方法(特許出願中)により、生葉の香りを生かしつつ、生臭さを抑えた酒質の創出に成功。しその爽やかな香りが楽しめる本格焼酎に仕上げた。
 いずれも新発売したばかりだが、早くも本物志向の強い焼酎ファンやヘルシー感覚を求める女性たちなどの間で人気を呼んでおり、今後ますます注目を集めそうである。

あくまでレギュラー商品にこだわる球磨焼酎のトップメーカー

国際的に通用する酒類の産地指定を受けた「球磨焼酎」

 熊本県の焼酎というと米焼酎だが、古くから人吉・球磨地方でつくられる焼酎に限って、「球磨焼酎」と呼ばれ区別されてきた。肥よくな土壌を持つ人吉・球磨盆地で育った良質な米と球磨川の清流、あるいは大地からの清れつな伏流水で造られるからで、まさにこの地方の豊かな自然そのものが焼酎になった形である。
 この焼酎が人吉・球磨地方に伝えられたのは、今から500年前の戦国時代で、相良氏が八代を領して海外貿易をしていたころだと言われている。そしてその後焼酎造りは相良藩によって保護されたこともあり、この地にしっかりと根付くことになった。
 こうした「球磨焼酎」に対して95年に国税庁は、国際的に通用する酒類の「地理的表示を保護する法律」により、日本で初めて長崎県の壱岐焼酎、沖縄県の琉球泡盛とともに産地指定をした。世界の銘酒には、ウイスキーと言えばスコッチ、ブランデーと言えばコニャックというように、原産地の名前が付いており、「球磨焼酎」もこの産地指定を受けたことで、名実ともに世界の銘酒の仲間入りを果たすことになった。
 球磨焼酎といえば、真っ先に高橋酒造(熊本県人吉市、高橋光宏社長)の「白岳」の名を思い浮かべる焼酎ファンも多いことだろう。九州はもちろん首都圏においても圧倒的人気を持つ銘柄である。熊本県人吉・球磨地方の清らかな地下水とおいしい米で造り上げた純米焼酎「白岳しろ」は純粋酵母と低温発酵により、スッキリとした香りとソフトな口当たりが特徴。また「白岳」は上品な香りと米の旨みを最大限に生かし、軽快な飲み口の中にふくらみのある口当たりが特徴の米焼酎だ。
 同社の最大の特徴はあくまでレギュラー商品にこだわる点にある。各社がさまざまな新商品を開発する中にありながら高橋社長は「品質重視・顧客志向の意識を社員全員が持ち、お客さまの舌を決して裏切らない製品造りを」という考えを頑固なまでに貫いている。またテレビや新聞などの商品CMにも積極的だ。現在白岳しろのテレビCMは「赤いくちびるに/帰宅篇」、白岳CMが「電車篇・ベンチ篇」で放映中。それぞれの人生にエールを送る、という思いを込めて制作されている。久保田一博広報部長は「企業姿勢や品質へのこだわりが伝わり、信頼感や安心感を抱いてもらえるよう質の高い広告を作るよう心掛けている」と話している。

徳之島に新工場を建設 黒糖焼酎を世界に発信

昨年11月、鹿児島県徳之島に完成した奄美大島にしかわ酒造の新工場
 奄美大島にしかわ酒造(鹿児島県大島郡)の母体は海運業、ホテル、タクシー、遊技場などを経営する西川グループが母体だ。異業種からの参入にもかかわらず、島内や鹿児島市内、首都圏においても着実に売り上げを伸ばしているが、特に首都圏の伸びはこれまでにない伸びという。
主力商品の「あじゃ」「必勝まる」に加え、黒麹で仕上げた「あじゃ黒」を一昨年発売。黒糖焼酎の魅力を全国的に図っていく考えだ。
 これまでの工場では製造に限界があったため、昨年、鹿児島県徳之島に新工場を建設。温度管理などコンピュータ化された工場の生産量はこれまでの約10倍を持つという。西川雄一社長は「全国展開はもちろん、海外市場を見据えた黒糖焼酎造りに取り組んでいきたい。すでにアメリカへの輸出も実現の段階に入っており、そうなれば奄美の黒糖が世界の黒糖になる」と夢を大きく膨らませている。

音響熟成とフルーティーな香りで黒糖焼酎を代表する銘柄に成長

奄美諸島の歴史とともに歩んだ黒糖焼酎
与論島の有村酒造ではカメ壷で黒糖焼酎が熟成されている

 黒糖焼酎の生産地は、鹿児島県の奄美諸島にある奄美大島、徳之島、喜界島、沖永良部島、与論島の5島に限定されている。その理由は歴史的な背景にある。
 奄美の歴史は、「奄美世(あまんゆ)」「按司世(あじゆ)」「那覇世(なはゆ)」「大和世(やまとゆ)」「アメリカ世」に分けられるという。島の焼酎メーカーの多くが戦後まで泡盛を製造していたのは、共同体社会が営まれた後に琉球王の支配を受けた影響だろうか。のちに薩摩藩の藩政時には藩の交易のためのサトウキビ栽培が強制され、島民が黒糖や大島紬の使用を禁止される歴史上最も苦しい時代を迎える。
 奄美諸島ではそのころから細々と黒糖焼酎や椎の実やソテツ、米、麦、サツマイモなどさまざまな原料を使った焼酎を造っていた形跡がある。戦後の米軍統治を経て1953年に日本に復帰した後には、売り先をなくした黒糖を処理する必要が生じて焼酎原料として多用されるようになり、黒糖焼酎が島民に定着。酵母菌を加えるだけで発酵する黒糖原料の焼酎は、酒税法上はラム酒と同じ分類になり本来は税率が高くなる(実際は奄美諸島では米麹などを使って発酵させる)。そこで島に定着していることを背景に、奄美諸島に限って乙類焼酎として特別に容認されたようだ。皮肉にも、江戸時代に黒糖のもとであるサトウキビの栽培が定着したことが、今日の黒糖焼酎唯一の生産地となる遠因を作ったといえる。
 造り方は基本的にはいも焼酎と同じで、異なるのは2次仕込みで米1に対して 1.5ないし2の黒糖を加える。甘い風味とやわらかな酒質が特徴だ。黒糖産地だった奄美諸島の焼酎原料は、意外にも低価で調達できる沖縄産がほとんどで、需要拡大に伴って不足分は海外からも調達しているという。また、03年ごろまでは本土でキャンぺーンをはることもあったが、現在は各メーカーとも増産しても間に合わず受注だけで手がふさがる状況で、関東、関西など島外出荷が5割ほどまで高まっている。中には島外シェアが大きく上回る焼酎メーカーも少なくない。。
 奄美大島開運酒造(鹿児島県名瀬市、渡博文社長)は96年、同市の戸田酒造所から経営を引き継ぎスタート。97年には渡社長の出身地である宇検村に工場を稼働させ、熱心に黒糖焼酎づくりに取り組んでいる。今や奄美大島の黒糖焼酎を代表するブランドへと成長。地元をはじめ首都圏、関西など全国的に需要が拡大しているという。そのため一昨年、昨年と生産が追い付かない状況が続いているが、あくまで品質本位の姿勢を崩さない。
 主力商品の「れんと」は音楽用語のレント(ゆっくりと)から命名したもので、まさに名前の通りトランスデューサーによる音響効果で3カ月間、ゆっくりと熟成される。ブルーのボトルは奄美の海と空を連想させるおしゃれなデザインで、女性客からも多くの支持を得ているという。渡慶彦専務は「いずれは島内産サトウキビを使った「黒糖酒」を造り、新たな名産品としたい。奄美は離島というハンディを抱えており、それが物流のネックになっているが、現在、物流改革をすべくさまざまなシミュレーションをしながら離島の物流問題に真剣に取り組んでいる。また鹿児島、福岡、大阪、東京などにアンテナショップを出す計画や、有名ポップス歌手のライブを通じてお客さまとの距離を縮める試みなどにもチャレンジしたい」と意気込みを語っている。

各メーカーは情報開示に早急な取り組みを

焼酎づくり伝承展示館
杜氏の里 笠沙
カメ壷や木桶が展示

 黒瀬杜氏の歴史と伝統技術を後世に伝えるため、東シナ海を見下ろす薩摩半島の突端に93年にオープン。展示館と手造り焼酎蔵の2つの施設で大正時代から現在までの焼酎造りを学ぶことが出来る。館内ではガラス越しに仕込み風景が見られるほか、 焼酎に関する数多くの展示品があり、訪れた人々を喜ばせている。
「だれやめ」をする老人のジオラマ

ずらりと並ぶ各蔵元の法被
 以上、九州各地のメーカーの取り組みを紹介してきた。このように個性あふれる商品を次々に打ち出したり、逆に原点回帰で商品の絞り込みを行うメーカーなど実にさまざまだ。九州には鹿児島のイモ焼酎、大分の麦焼酎、壱岐の麦焼酎、球磨の米焼酎とそれぞれの産地が独特の風土を持ち、互いに地域の特性を生かした個性あふれる焼酎を造ってきた。それが相乗効果を生み「焼酎アイランド九州」を形成しているといえるだろう。
 こうした九州の本格焼酎は世界からも注目され始めている。通常、蒸留酒というのは食前か食後に飲まれるのがほとんどで、食中の蒸留酒というのは世界を見渡しても焼酎以外見当たらない。いずれ日本の蒸留酒・焼酎が世界の「SHOCHU」へとなる日もそう遠くないかもしれない。それは日本酒より格下だった焼酎メーカーが長年の努力と真しな焼酎造りに懸命に取り組んだ結果にほかならない。ところが消費者を忘れ、うその表示でごまかそうとするなら、この事実がひとたび明るみに出たとき、消費者はいっぺんに焼酎から離れていくに違いない。また清酒のように高級志向に走り、庶民の酒でなくなってしまった時、焼酎は焼酎でなくなってしまうだろう。
 幸い、ほとんどのメーカーがブームに驕ることなく真剣に焼酎造りと向き合っている姿を多く目にした。焼酎ブームに躍らされ、数万円を払ってでも幻の銘柄に走る我々消費者こそ、どこか歯車が狂っているのかも知れない。
 【参照・引用文献】
 『繁昌できる』03年 第7号(飲食文化研究所)
 『酒販ニュース』04年11月21日号


雲海酒造

「そば焼酎ですか。通ですね。」
創業以来の技と心で新たな世界を創出

そば焼酎文化を全国へと発信
 酒類の総消費数量が伸び悩むなか、本格焼酎は消費者の本物嗜好(しこう)と健康志向の高まりを受けて順調に市場が拡大。今や国民酒としてすっかり定着している。これに伴い、そば・芋・麦など原料ごとのブランドも多様化、品質へのこだわりが重要視される時代へと突入。雲海酒造(宮崎市、中島勝美社長)は、創業以来一貫して味わい深い本物にこだわった商品を提供し着実に愛飲家を拡大している。
 雲海酒造の社名を全国区へと高めたのが本格そば焼酎「雲海」。73年10月の誕生から30年を迎えたのを機に、04年3月にスタートした全国キャンペーンは「本格そば焼酎の本当の味わいやおいしさを知っていただく」(中島社長)のが目的。『あなたの想像よりはるかに旨いそば焼酎〜すっきりとした甘さとさわやかな香り〜』をキャッチコピーに、芋焼酎が主流となっていた本格焼酎市場にそば焼酎の存在を強く印象づけた。さらに現在は、「そば焼酎の文化を伝え、そば焼酎の“通”なイメージを消費者に広くアピールする」(同)キャンペーンを実施中。04年7月より関東および関西エリアで先行販売し、高い評価を得た「吉兆雲海」の全国発売を10月に開始したのと併せて、「そば焼酎ですか。通ですね。」をキャッチコピーに一層の浸透を図っている。
 「吉兆雲海」は、伝統の黒麹仕込みの技と宮崎県日向灘沖で採取した「日向灘黒潮酵母」を使用。これまでにないさわやかな香りと深いコク、浪漫に満ちた味わいは、「30年以上にわたり、そば焼酎づくりの研究を重ねた蔵人達のあくなき品質の追求が生んだ一品」(同)だ。
各商品の全国発売も着々進行
 03年末の長期貯蔵そば焼酎「花押雲海」に続いて、04年3月には本格麦焼酎「大麦いいとも」の全国発売を開始。同月には鹿児島の出水蔵「詰口棟」を新設。詰口能力を3倍に高め、芋焼酎市場の拡大にも迅速に対応した。各原料ごとの市場拡大策も万全だ。
 トンネル貯蔵庫「雲海・神々の里貯ぞう庫」で熟成した同社を代表する長期貯蔵酒5商品は、04年6月に開催された世界有数の食品コンテスト「第42回モンドセレクション」で金賞を受賞。「那由多の刻」と「大河の一滴」には、3年連続で金賞を受賞した商品に贈られるインターナショナル・ハイクオリティ・トロフィーが贈られた。
 また雲海酒造は、97年に焼酎業界初の焼酎粕処理施設を設置。99年には飼料工場が稼働し、家畜用飼料の開発実用化に成功した。現在は、有機発酵肥料や液体複合肥料も開発実用化に成功している。早くから焼酎蒸留粕のリサイクル問題に取り組んできた点が評価され、中島社長は04年度「科学技術振興功績者」として文部科学大臣賞を受賞した。「環境問題にまで配慮してこそ真の本物の味わい」という姿勢が評価されたと言える。

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