うまみが決め手!日本酒回帰へ地場蔵元の逸品このところ他の酒類に押されている格好の日本酒だが、一方で日本酒への回帰の動きも着実に広まっている。その最大の理由が日本酒本来のうまみ。いろいろな酒を旅した人たちが、やはり日本酒が一番おいしいと、結局は日本酒に落ち着いている。特に九州の地場蔵元がおいしい酒造りへの一念で、全精力を傾けて造った日本酒は逸品ぞろいである。八女で280有余年 常に質の高いもの目指し「上質な酒造好適米の山田錦。それも100キロの玄米が半分の50キロになるほど丹念に精米し、おいしい酒を造り上げるための本当にいい部分だけを残した。これに清れつな水、そして杜氏、蔵人がその持てる技術と情熱をすべて傾けて」(高橋信郎社長)数々の銘酒が醸し出されている。 大吟醸の「箱入娘」が、平成2年から日本航空(JAL)国際線のファーストクラスで採用されており、世界へ向けても羽ばたいている。「量で売るのではなく、とにかく質の高いものを目指している。それぞれの価格帯で十分ご満足いただけるはず」と常に上を求め続ける。また、購入した人がお酒を持ち帰る際のビニールの袋を、上品な紙袋に一新、より中身とマッチしたものになった。 佐賀観光と連動『蔵・酒探訪』品質本位の酒造りに専念天吹酒造(佐賀県北茂安町)の『蔵・酒探訪』はすっかり地元になじんだ感がある。毎年2月初旬から3月初旬の1カ月。新酒が出回り、年間でも酒蔵が最も活気づくこの時季に、施設を開放して訪問者を無料で受け入れる。漆喰(しっくい)の白壁に黒瓦(かわら)のコントラスト。天井には、重量感ある柱と梁(柱の上にはり渡して、屋根を支える材)が交わり、蔵全体に奥行きと落ち着きを加える。大正時代に山をくり抜いて造った貯蔵庫と新設のアートギャラリー。昔ながらの土間のタタキで、生酒の「しぼり立て」や、自然酵母から造った吟醸酒「天吹」をいただく。ギャラリーでは窯元の個展や趣味の会の展示即売も行われ、終日賑わう。 ここに期間中、2000人近くが訪れ、吉野ケ里歴史公園や白石焼き窯元などの「観光スポットと連動して酒蔵をオープン」(木下武文社長)しており、「酒造りの現場で味わった時の“記憶と味覚”で楽しんでほしい」と強調する。製造と営業の現場で腕を磨く、2人のご子息の成長ぶりにも目を細めた。 蔵造りの落ち着いたたたずまいで、観光スポットとして静かなブームの佐賀県鹿島市浜町。ここで昔ながらの白壁土蔵に囲まれ、ただひたすらおいしい酒造りに取り組んでいるのが、創業元禄元年(1685)の光武酒造場。 その代表銘柄の「金波(きんぱ)」をはじめとする同蔵の酒は、多良岳山系の伏流水を用い、それに鹿島地区で作っている酒造好適米の山田錦、レイホウを使用。これを酒造り40数年の杜氏が、日本古来からの伝統の技を基盤にしながら研さんを重ね、品質本位の酒造りに専念することから生み出されている。「金波」は、有明海に朝日が昇り、波が金色に輝いている様から命名された。 「普段晩酌で飲んでいただいているレギュラークラスの日本酒の、よりおいしく楽しんでもらうための質の向上に、今最も力を入れている。また、女性や若者に日本酒の良さを認識してもらう一方で、その本来のおいしさを既にご存じの年配の方々に、あらためて目を向けていただけるように努めていきたい」(光武博之社長)考えである。 天領・日田で美酒造り国東半島では「うまい酒」2004年7月1日、井上酒造は創業200年(創業は文化元年)を迎えたのを機に、株式会社化(それまでは合資会社)。同時にこれを「第2の創業」と位置付け、「地場酒蔵として地域に貢献するという身上は変えず、視線は常に市場が求める味わいにおく」(井上幸一会長)。 同市出身の日本画家、岩澤重夫(日展理事)は、その心意気に応え、大吟醸「天響水心」の題字と絵を提供した。このネーミングとデザインには、「天領の地に湧き出る清水が、田園の収穫、山田錦(西日本地方を中心に栽培される、最高の酒造好適米)と響きあう意味」が込められている。 実際、天領水と山田錦とのハーモニーは絶妙で、すっきりとした飲み口と透明感あふれる味わいがいつまでも持続する。ライトブルーのボトルも、さわやかな酔いに花を添える演出だ。 地元酒蔵のもう一方の雄、老松酒造は「純和風の食文化で、欧米市場を攻略する」(森山保徳社長)。 04年秋から、アメリカやイタリアなどを中心に純米吟醸酒「雪月美人」などを送り込み、早くも手応えを得ており、05年秋からは高級スーパーマーケットに向け、ボトルに浮世絵を配したオリジナルブランド「Trader Joe-san,s Selected Sake from Japan」を展開。和食ブームが広がりを見せ、シティーホテルやレストランなどで“穀物をベースにした健康ドリンク”として人気を呼ぶ海外に活路を求める。成長分野を絞り込み、徹底して社内資源を投下する「日本酒版の『集中と選択』」だ。 特に欧米では純米吟醸酒など高級酒が日本酒市場をリードして、都市部を軸に着実に支持が伸びている(貿易統計では、03年での日本酒の輸出量は対前年比10.2%増の8270キロリットルで、輸出額は同21%増の3380万ドル)。 さらに、にごり酒「Crazy Milk」も準備。クリスマスや新年のパーティーシーンでの流行(Crazy)を狙う戦略も怠りない。 「西の関」は、かつて九州の秘境とも古代文化の宝庫ともいわれた大分県の国東半島で、明治6年(1873)に萱島酒造が造り始めた。この西の横綱という意味の「西の関」は、2代目の萱島米三郎が西日本の誇りとなる酒を造ろうとの意気込みから命名した。杜氏は、熊本で酒造りの神様と言われた故・野白金一先生の愛弟子の中村千代吉が来場、現在はその子の中村繁雄が継ぎ、親子二代にわたって「西の関」を伝えている。 初代来「品質主義」を標ぼうし、創業100年を経過した時点で「品質一貫一世紀」をキャッチフレーズに、時代の風潮や流行に流されることなくあくまでも昔ながらの「手造り」にこだわり、伝統手造り手法の発展的継承の中で、日本酒本来のうまさを伝えている。また、昭和38年に大吟醸の「秘蔵酒」を発売、吟醸酒ブームの先駆けとなった。 「お酒の味を形どる五味(甘・酸・辛・苦・渋)が調和した『うまい酒』を理想としています。永い悠久の時間の中で地元に密着した手造り手法を継承し、甘い辛いを越えた日本酒本来のうまさを追求」(萱島進社長)する姿勢は不変である。 | ||||
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