2003年10月号137ページに掲載

秋の夜長に“一杯”

清酒にスポットが当たる時代がもうすぐそこに

 福岡国税局の鑑定官室長・丸山新次さんは、この道32年のプロ中のプロ。酒類全般にわたって鑑定を行っているが、とりわけ清酒と焼酎は、年間2500点を超える数にまで及んでいる。そんな氏に今回、愛してやまない清酒についてさまざまな角度から語っていただいた。








清酒の一番すばらしい点は味とその膨らみ

丸山 新次氏プロフィール
1970年神戸大学農学部卒、71年東京国税局間税部鑑定官室。89年大阪国税局・主任鑑定官、91年福岡国税局・主任鑑定官、98年熊本国税局・鑑定官室長などを経て、2000年7月より福岡国税局課税第二部鑑定官室長。山形県出身、48年2月23日生まれ、55歳。
 鑑定は清酒、焼酎、ワイン、ビールなど、酒類全般にわたって行っているが、清酒が年間約1500点、焼酎が約1000点と他の酒類と比べて圧倒的に多く、また過去に鑑定した同様の膨大な点数があり、清酒と焼酎の鑑定により自信を持っている。酒類には2つの面があり、1つは純粋に物質としての部分。そしてもう1つが夢と言えばいいだろうか、精神に働き掛ける部分である。この両面を併せ持つ形で、1つの商品として成り立っている。
 そこでまずこの物質としての面から、長年の鑑定で私なりにつかんだ、清酒が他のものと比較して一番すばらしい点は、味とその膨らみだと思っている。辛くもなく、酸っぱくもなく、苦くもない。さまざまな味が混然一体となって、1つのまとまりを持った味を醸し出す。この複雑かつ微妙な味のうまみと、それが持つ無限とも言える奥行きの広さ、これが清酒の最大の特長であろう。近年は香りの華やかな吟醸酒に人気が集まっており、もちろん吟醸酒はすばらしいお酒ではあるが、私は清酒本来の持ち味は、香りよりも味の方にあると思っている。
 そして精神的な観点から見ると、清酒がほぼ今の形になったのは、室町時代あたりからだろうが、それをこれまでこつこつと育み、磨きをかけてきた。現代は物質文明が隆盛を極め、いろいろなモノであふれているが、世の中が発達して便利になればなるほど、こういった日本人が千年以上もの長きにわたって育ててきた清酒には、大変な価値があるのではないだろうか。
 また、時代の移り変わりと清酒の関係で言えば、昔は清酒が主役で、肴はあくまでも脇役だった。古来からの神への捧げものという考えが、ずっと根底にあったからであろうが、現在は料理の方が主役で、清酒を含めた酒類はそれをより引き立たせる、ちょっとひいた立場になっている感じである。私が福岡で生活していて何が一番幸せかというと、新鮮でおいしい魚が安く食べられるということで、その本当においしい魚に最も合うアルコールが、清酒なのである。

“団塊の世代”が清酒復活のカギ

 そういった意味でももっと皆さんにも、清酒の魅力を知っていただきたいと思っているし、またメーカーもその努力が必要だろう。清酒が持つこのすばらしい個性に実際に触れてもらえさえすれば、清酒ファンがまたどんどん増えていくことだろう。そしてこうした清酒の魅力を理解し、今後ファンになり得る層として注目をしているのが、私もその一員である“団塊の世代”。
 団塊の世代の人たちは子供も既に独立し、自分もそろそろリタイアの時期を迎えようとしている。これまで会社の第一線に立って、慌ただしい毎日を送っていたのが、これからは多くの自由な時間を手に入れることになる。そこでその自由な時間の過ごし方として、おいしいものをゆっくりと食べようという動きが、強まっていくのではないだろうか。
 私自身、山菜を採りに行ったり、魚釣りが好きでしばしば足を運んでいるが、この時の大きな楽しみが、天ぷらや刺し身といった収穫後の料理と、それと一緒にいただく清酒。これだとレジャー施設などへ行くよりお金もかからず、自ら調達した自然の恵みを味わうことは、何にも代えがたい大きな喜びがある。特に自分で収穫したものでなくとも、いい素材を使った本物志向の料理がますます求められる傾向にあり、われわれ団塊の世代でも、こうしたおいしいものを、ゆっくりと楽しむといったライフスタイルが広がっていくだろう。それとともにこれに一番合う酒類として清酒が選択され、着実に人気を回復していくものと確信している。

料理に合う純米酒 燗(かん)でさらにまろやかに

 清酒というのは元来、食べながら飲む食中酒である。そういった点からすると香りの高い吟醸酒は、食中酒としては料理とベストの組み合わせにはならないかもしれない。ただし吟醸酒は日本が世界に誇ることができるすばらしいお酒なので、清酒の頂点のその斜め上に輝く星と見るのが、分かりやすいだろう。
 ではどのタイプの清酒が料理に合うかというと、私の経験からすると純米酒である。この純米酒は出来立てよりも、熟成させたものが良く、熟成させることで味に丸みがついてくる。これはもう物理的なもので、出来立てのアルコールというのは、まだとげとげとしたところが残っているが、時を経ることで水の分子とアルコールの分子がより密接に融合して、なれ合ってくる。そうするとまろやかで滑らかな、優しい清酒となる。
 そしてこの熟成させた純米酒のおいしさを、一番いい状態で楽しむには燗(かん)をするのが良い。燗をすることで米本来のうまみが一段と引き出され、さらにまろやかさが増す。毎年国税局で行っている酒類鑑評会でも、吟醸酒の部に加えて、数年前から燗で飲む純米酒の部をつくり、燗酒のすばらしさを再認識していただく、お手伝いをさせてもらっている。
 その燗のつけ方にはいろいろあるが、最もいいのは湯で温める湯煎(せん)法。80度以下の湯に徳利などの酒器に入れて一定時間浸し、適温まで温める方法だが、沸騰した湯では適温を超えてしまいがちになるので注意が必要である。しかしこれでは手間ひまもかかるので、今は電子レンジでもう十分。ただ、電子レンジで徳利を温めると、どうしても上の方だけが熱くなるので、口の広い器でするのがいい。

1升2千円のもので十分おいしい清酒

 若い人たちにももっとこの清酒のすばらしさを知ってもらいたいと願っているが、それにはまず何より飲んでもらうこと。ところが一般の料飲店では1合がだいたい350円から400円で、ちょっといいものだとすぐ500円くらいになり、これでは経済性に乏しい若い人には手が出しにくくなる。
 これは料飲店の昔からの慣例みたいなものになっているようで、清酒に対する掛け率が、他の酒類と比べて随分高く設定されている。こうしたことも清酒離れの1つの要因となっており、若い人たちをはじめとしたいろいろな方々が、もっと手軽に清酒を口にすることができるようにするためにも、料飲店にはもう少し割安な価格での、清酒の提供をして欲しいと思っている。
 清酒をじっくり堪能するには、週末に家庭で味わうのも1つの方法である。ウィークデーは何かと忙しいので、休みに入る週末にちょっといい清酒を購入、それも大吟醸クラスでなくとも、1升で2千円ほどのものであれば、十分おいしい清酒が手に入る。そして例えば夫婦2人で、海や山の幸とともにゆっくり清酒を楽しんでもらえれば、そのすばらしさをすぐにご理解いただけるだろう。

若い人たちの懸命な取り組みに期待

 3度目となる福岡国税局での勤務なので、各地の蔵元さんのことも昔からよく存じ上げているが、今回戻ってきて驚いたのが、規模の小さい蔵元の息子さんが、跡を継いで清酒造りをするため、会社を辞めて帰ってきていること。当然、経営は厳しく、またこれから大量に売れないことも覚悟の上での帰郷であり、それだけに非常に熱心に取り組んでいる。他にも跡を継いだ若い人たちの懸命な取り組みが目立っており、大変期待している。
 こうした小さな蔵元では、清酒造りも杜氏に任せず、自ら造って、自ら販売している。焼酎がここまで伸びた要因の1つは、この自ら造って売ることをしていたからで、そうすると消費者とも直結、生の声を聞いてニーズを把握し、商品に反映させることも可能である。
 吟醸酒はだいたい、700キロの米を1つの単位として醸造するが、これも小規模の蔵元では難しい。何とか200キロほどでできないだろうかとの相談があり、今一緒になって取り組んでいる。
 このように新しい芽も伸びつつあり、おいしい清酒造りに徹して、地道な努力を重ねていれば、日本の食文化の核として世界にも誇ることができるすばらしいお酒なので、必ずスポットが当たる時が来るであろう。その時代がもうすぐそこまで来ている気がする。

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